・・・ 半三郎は二年前にある令嬢と結婚した。令嬢の名前は常子である。これも生憎恋愛結婚ではない。ある親戚の老人夫婦に仲人を頼んだ媒妁結婚である。常子は美人と言うほどではない。もっともまた醜婦と言うほどでもない。ただまるまる肥った頬にいつも微笑・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・しかもそのまた彼の愛なるものが、一通りの恋愛とは事変って、随分彼の気に入っているような令嬢が現れても、『どうもまだ僕の心もちには、不純な所があるようだから。』などと云って、いよいよ結婚と云う所までは中々話が運びません。それが側で見ていても、・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
たね子は夫の先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式の通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。「あたしも出なければ悪いでしょうか?」「それは悪いさ。」 夫はタイを結びながら、鏡の中のた・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・っとこの、扮装したのが、こてこてと飯粒をつけた大杓子、べたりと味噌を塗った太擂粉木で、踊り踊り、不意を襲って、あれ、きゃア、ワッと言う隙あらばこそ、見物、いや、参詣の紳士はもとより、装を凝らした貴婦人令嬢の顔へ、ヌッと突出し、べたり、ぐしゃ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「この令嬢の袖を、袂をでございます。口へ挟みました旅行革鞄の持主であります。挟んだのは、諸君。」 とみまわす目が空ざまに天井に上ずって、「……申兼ねましたが私です。もっともはじめから、もくろんで致したのではありません。袂が革鞄の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・――裾模様の貴婦人、ドレスの令嬢も見えたが、近所居まわりの長屋連らしいのも少くない。印半纏さえも入れごみで、席に劃はなかったのである。 で、階子の欄干際を縫って、案内した世話方が、「あすこが透いております。……どうぞ。」 と云っ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・これのみならず玄関より外科室、外科室より二階なる病室に通うあいだの長き廊下には、フロックコート着たる紳士、制服着けたる武官、あるいは羽織袴の扮装の人物、その他、貴婦人令嬢等いずれもただならず気高きが、あなたに行き違い、こなたに落ち合い、ある・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ ある日、りっぱな紳士が令嬢をつれて、この庭園へはいってきました。そして、やがて同じように、しんぱくの前に立って、主人から話をきかされていました。「それは、人間のちょっとゆけるような場所でありません。高山の、しかも奥深い嶮岨ながけの・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・という動詞に敬語がつけられるのを私はうかつに今日まで知らなかったが、これもある評論家からきいたことだが、犬養健氏の文学をやめる最後の作品に、犬養氏が口の上に飯粒をつけているのを見た令嬢が「パパ、お食事がついてるわよ」という個所があるそうだが・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・いつか安子は団長に祭り上げられて、華族の令嬢のような身なりで浅草をのし歩いた。ところがこのことは直ぐ両親に知れて、うむを云わさぬ父親の手に連れられて、新銀町へ戻された。 戻ってみると、相模屋の暖簾もすっかりした前で職人も一人いるきりだっ・・・ 織田作之助 「妖婦」
出典:青空文庫