・・・クリスマスのお祭りの、紙の三角帽をかぶり、ルパンのように顔の上半分を覆いかくしている黒の仮面をつけた男と、それから三十四、五の痩せ型の綺麗な奥さんと二人連れの客が見えまして、男のひとは、私どもには後向きに、土間の隅の椅子に腰を下しましたが、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・つくづくと此の三字を見つめていると、とてもこれは堂々たる磨きに磨いて黒光りを発している鉄仮面のように思われて来た。鋼鉄の感じである。男性的だ。ひょっとしたら、鉄面皮というのは、男の美徳なのかも知れない。とにかく、この文字には、いやらしい感じ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・結局仮面をかぶった人間に過ぎない。しかしこの犬だけはいつでも正真正銘の犬である。犬を愛し犬の習性を深く究め尽くした作者でなければ到底表現することのできない真実さを表現している。 この犬を描くのと同じ行き方で正真正銘の人間を描くことがどう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ たとえば神話を取り扱った超人の世界の物語でも、それらの登場人格の仮面を一枚だけはいでみれば、実は普通の人間である。ただ少しばかり現実の可能性を延長した環境条件の中に、少しばかり人間の性情のある部分を変形し、あるいは誇張し、あるいは剪除・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・というのは、やはり四人で舞うのだが、この舞の舞人の着けている仮面の顔がよほど妙なものである。ちょっと恵比寿に似たようなところもあるが、鼻が烏天狗の嘴のように尖って突出している。柿の熟したような色をしたその顔が、さもさも喜びに堪えないといった・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・さるやかにが出て来たりまた栗のいがや搗臼のようなものまでも出て来るが、それらは実はみんなやはりそういう仮面をかぶった人間の役者の仮装であって、そうしてそれらの仮装人物相互の間に起こるいろいろな事件や葛藤も実はほんの少しばかりちがった形で日常・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・先生は現代生活の仮面をなるべく巧に被りおおせるためには、人知れずそれをぬぎ捨てべき楽屋を必要としたのである。昔より大隠のかくれる町中の裏通り、堀割に沿う日かげの妾宅は即ちこの目的のために作られた彼が心の安息所であったのだ。二・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・己はお前達の美に縛せられて、お前達を弄んだお蔭で、お前達の魂を仮面を隔てて感じるように思った代には、本当の人生の世界が己には霧の中に隠れてしまった。お前達が自分で真の泉の辺の真の花を摘んでいながら、己の体を取り巻いて、己の血を吸ったに違いな・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ その隣は仮面をこしらえる家で、店の前の日向に、狐の面や、ひょっとこの面がいくつも干してある。四十余りのかみさんは店さきに横向に坐っていそがしそうに面を塗って居る。 突きあたって右へ行く。二階の屋根に一面に薺の生えて居る家がある。・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ダー、ダー、ダースコ、ダーダ、青い 仮面この こけおどし、太刀を 浴びては いっぷかぷ、夜風の 底の 蜘蛛おどり、胃袋「達二。居るが。達二。」達二のお母さんが家の中で呼びました。「あん、居る。」達二は走って行きま・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
出典:青空文庫