・・・と言って、お長が手枕の真似をしたことを胸に浮べる。女の人は少し頭痛がしたので奥で寝んでいたところ、お長が裏口へ廻って、障子を叩いて起してくれたのだと言う。「もう何ともございません」と伏し目になる。起きて着物をちゃんとして出てきたものらし・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 長女は伏目がちに、そこまで語って、それからあわてて眼鏡をはずし、ハンケチで眼鏡の玉をせっせと拭きはじめた。これは、長女の多少てれくさい思いのときに、きっとはじめる習癖である。 次男が、つづけた。「どうも、僕には、描写が、うまく・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・上の姉さんは伏目になって、「決してお気になさらないで下さい。」言いかたが少し変であった。「そりゃもう、皆さまが、もったいないほど、――」口ごもった。「兄さんがいらっしゃったら、きょうは、どんなにお喜びだったでしょうね。」下の姉さんが、上・・・ 太宰治 「佳日」
・・・外八文字も、狐も、あなたに対してはまるで処女の如くはにかみ、伏目になっていかにも嬉しそうにくすくす笑ったりなどするので、私は、あなたの手腕の程に、ひそかに敬服さえ致しました。やはり、あなたは都会の人で、そうして少し不良のお坊ちゃんの面影をど・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・彼はつつましげに伏目をつかいながら、食堂の隅の椅子に腰をおろした。それから、ひくくせきばらいしてカツレツの皿をつついたのである。彼のすぐ右側に坐っていた寮生がいちまいの夕刊を彼のほうへのべて寄こした。五六人さきの寮生から順々に手わたしされて・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ すなわち、長火鉢へだてて、老母は瀬戸の置き物のように綺麗に、ちんまり坐って、伏目がち、やがて物語ることには、──あれは、わたくしの一人息子で、あんな化け物みたいな男ですが、でも、わたくしは信じている。あれの父親は、ことしで、あけて・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・とおっしゃったところが、母は伏目になって、ちょっと考えて、「弟が、わるいのです。本当に皆さんに御手数をおかけします。」と言って、顔を挙げ、ひょいと右手の小指でおくれ毛を掻き上げてから、「私たちは馬鹿のせいか、和子がそんなに有名な先生から褒め・・・ 太宰治 「千代女」
・・・めぐって何か話をすすめるという事になったならば、作者の真意はどうあろうと、結果に於いては、汚い手前味噌になるのではあるまいか、映画であったら、まず予告篇とでもいったところか、見え透いていますよ、いかに伏目になって謙譲の美徳とやらを装って見せ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 長火鉢へだてて、老母は瀬戸の置き物のように綺麗に、ちんまり坐って、伏目がち、やがて物語ることには、――あれは、わたくしの一人息子で、あんな化け物みたいな男ですが、でも、わたくしは信じている。あれの父親は、ことしで、あけて、七年まえに死・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・豊かな金髪をちぢらせてふさふさと額に垂らしている。伏目につつましく控えている碧い神経質な鋭い目も、官能的な桜桃色の唇も相当なものである。肌理の細かい女のような皮膚の下から綺麗な血の色が、薔薇色に透いて見える。黒褐色の服に雪白の襟と袖口。濃い・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫