・・・ * * * 陸軍竜騎兵中尉伯爵ポルジイ・キルヒネツゲルは実際邸へ帰った。そして夜の更けるまで書きものをしていた。友達の旆騎兵中尉は、「なに、色文だろう」と、自ら慰めるように、跡で独言・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・の代わりに、バルコンの下から忍びよるド・サヴィニャク伯爵の梯子が石欄に触れる「ティック」の音を置き換えてある。ばかげているようであるが、この音で夢の世界から現実の世界へ観客を呼び返す役目をつとめさせているのである。 公爵のシャトーの中の・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ルなり、ハンドルはもっとも危険の道具にして、一度びこれを握るときは人目を眩せしむるに足る目勇しき働きをなすものなり かく漆桶を抜くがごとく自転悟を開きたる余は今例の監督官及びその友なる貴公子某伯爵と共にくつわを連ねて「クラパムコンモ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・エーンズウォースには斧の刃のこぼれたのをソルスベリ伯爵夫人を斬る時の出来事のように叙してある。余がこの書を読んだとき断頭場に用うる斧の刃のこぼれたのを首斬り役が磨いでいる景色などはわずかに一二頁に足らぬところではあるが非常に面白いと感じた。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・「そう、わしは先刻伯爵からご言伝になった医者ですがね。」「それは失礼いたしました。椅子もございませんがまあどうぞこちらへ。そして私共は立派になれましょうか。」「なりますね。まあ三服でちょっとさっきのむすめぐらいというところ。しか・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ 子福者小笠原伯爵の何番目かの娘さんが最近スポーツマンであった体躯肥大な某氏と結婚された写真が出ていた。月給は七十円だけれども、豪壮な新邸に住まわれるそうである。一寸名のあるスポーツマンになるといいぜ、就職が楽だぜ。そういう功利的通念は・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・裏は、人力車一台やっと通る細道が曲りくねって、真田男爵のこわい竹藪、藤堂伯爵の樫の木森が、昼間でも私に後を振返り振返りかけ出させた。 袋地所で、表は狭く却って裏で間口の広い家であったから、勝ち気な母も不気味がったのは無理のない事だ。又実・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・縁側から油障子のはまった水口が見え、その障子が開いていると、裏の生垣、その彼方の往来、そのまた先の×伯爵の邸の樫の幹まで三四本は見られる。 * お祖母さんの家はそのような家なのであった。二階があった。そこに叔・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・マルクシズムに対して母親の感情へまで入っている材料は、その会で博士とか伯爵とかが丁寧な言葉づかいで撒布するそのものなのであった。 母親は保守的になって、しかも仏いじりの代りに国体を云々するようにその強い気質をおびきよせられているのであっ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ レフ・トルストイが、ヤスナヤ・ポリャーナの村荘にロシア名門の伯爵の長男として生れたのは一八二八年のことであった。トルストイも八歳で孤児になった。非常に人物の傑れた叔母に育てられ、その没後数年は当時のロシアの富裕で大胆で複雑な内的・社会・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
出典:青空文庫