・・・何故なら、必要、不必要、自分に似合う似合わない、その他多くの購買者が必ず持つ私的条件を全く超えて、全くそのもののよしあし、価値を見極めようとするから。そして又、少し眼の肥えた観賞者なら、そう何から何までに感服はすまい。美しいものをしんから愛・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・母親や娘は、彼女等の手芸、刺繍、パッチ・ウワーク等を応用して、暇々に、新たな壁紙に似合う垂帳、クッション、足台等を拵える。 公共建築や宮殿のようなものは例外として、中流の、先ず心の楽しさを得たい為に、居心地よい家を作ろうとするような者は・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・この間うちパーマネントのことが大変やかましく云われていましたが、おしゃれもほんとうは、ぐっと進めば女の人の方からああ云う問題は自然解決してゆくものだし、当然そこを目指されていいものでしょう。似合う似合わぬから云っても、場所とか職業とか時代の・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ 一番自分に似合う髪をやっと見つけたと思ったら、そういうわけなので、私は悲しいし、いやだし、心持をもてあまして、それから当分はまるで桜井の駅の絵にある正行のように、白い元結いで根のところを一つくくっただけの下げ髪にしていたことがあった。・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ ○賢こいので何か云ってだまったとき 美しさがある ○美しきインテレクチュアル婦人という心持〔欄外に〕二十四歳 水色のクレプ・ドシンのショールが似合うたち。桃色ろの半襟 色白、 四つの子供 楠生・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・夕飯がすんで夜の九時頃、私が自分の勉強も一休みしようと部屋から食堂に出てゆくと、質素な、別に似合うでもないどてらを着た父がテーブルの横のところに坐って帳面をひろげ、鉛筆をもって頻りにプランを描いております。草案をねるという工合のようでした。・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ でも今日はいつもよりよっぽど奇麗に見えてますよ、気持がいい着物の色が―― それにね、 貴方みたいな人は黒っぽいものが一番似合う。 横縞は着るもんじゃあないんですよ、 大抵の時は横っぴろがりに見えるから。 母親の・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・それでどの家も細かく葺いた木端屋根なのが、粗く而も優しい新緑の下で却って似合うのだ。裏通りなど歩くと、その木端屋根の上に、大きなごろた石を載せた家々もある。木曾を汽車で通ると、木曾川の岸に低く侘しく住む人間の家々の屋根が、やっぱりこんな風だ・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・うしお染の横きりの細形の体にはたまらなく似合うのを着てまっかな帯をダラリと猫じゃらしに結んでチャンと御化粧がしてあった。こんな処で見るよりも倍も美くしい様子のお妙ちゃんにひっぱられたまんま三味線や鼓や太鼓のどっさりかけてある部屋を通った、そ・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・わたくしはあの写真の男に燕尾服がどんなに似合うだろうと想像すると、居ても立っても居られなかったのです。 女。ええ。まだ覚えていますの。 男。それからわたくしはあなたをちょっとの間も手離すまいとしたのですね。あなたが誰と知合になられた・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫