・・・御房は、――御房の御住居は、この界隈でございますか?」「住居か? 住居はあの山の陰じゃ。」 俊寛様は魚を下げた御手に、間近い磯山を御指しになりました。「住居と云っても、檜肌葺きではないぞ。」「はい、それは承知して居ります。何・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・この峨眉山という山は、天地開闢の昔から、おれが住居をしている所だぞ。それも憚らずたった一人、ここへ足を踏み入れるとは、よもや唯の人間ではあるまい。さあ命が惜しかったら、一刻も早く返答しろ」と言うのです。 しかし杜子春は老人の言葉通り、黙・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・(――同町内というではないが、信也氏は、住居 小浜屋の芸妓姉妹は、その祝宴の八百松で、その京千代と、――中の姉のお民――――小股の切れた、色白なのが居て、二人で、囃子を揃えて、すなわち連獅子に骨身を絞ったというのに――上の姉のこ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ように忌々しげに呟いて、頬冠を取って苦笑をした、船頭は年紀六十ばかり、痩せて目鼻に廉はあるが、一癖も、二癖も、額、眦、口許の皺に隠れてしおらしい、胡麻塩の兀頭、見るから仏になってるのは佃町のはずれに独住居の、七兵衛という親仁である。 七・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・いつでも畳を上げられる用意さえして置けば、住居の方は差当り心配はないとしても、もう捨てて置けないのは牛舎だ。尿板の後方へは水がついてるから、牛は一頭も残らず起ってる。そうしてその後足には皆一寸ばかりずつ水がついてる。豪雨は牛舎の屋根に鳴音烈・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・話しながら煙草など吹かしてる、おいらのような百姓と変らない手足をしている男等までが、詞つかいなんかが、どことなし品がえい、おれはそれを真似ようとは思わないけど、横芝や松尾やあんな町がかった所へいくと、住居の様子や男女の風俗などに気をつけて見・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・椿岳の伝統を破った飄逸な画を鑑賞するものは先ずこの旧棲を訪うて、画房や前栽に漾う一種異様な蕭散の気分に浸らなければその画を身読する事は出来ないが、今ではバラックの仮住居で、故人を偲ぶ旧観の片影をだも認められない。 寒月の名は西鶴の発見者・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ その後再び東京へ転住したと聞いて、一度人伝に聞いた浅草の七曲の住居を最寄へ行ったついでに尋ねたが、ドウしても解らなかった。誰かに精しく訊いてから出直すつもりでいると、その中に一と月ほど経って、「小生事本日死去仕候」となった。一代の奇才・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・げに、資本主義の波に蕩揺されつゝ工場から工場へ、時に、海を越えて、何処と住居を定めぬ人々にとっては、一坪の菜園すら持たないのである。けれど、彼等は、それを、真に不幸とは思わないだろうか? 人間は、到底、理知のみで生きることはできない。心・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ 五 お光の俥は霊岸島からさらに中洲へ廻って、中洲は例のお仙親子の住居を訪れるので、一昨日媼さんがお光を訪ねた時の話では、明日の夕方か、明後日の午後にと言ったその午後がもう四時すぎ、昨日もいたずらに待惚け食うし、今日・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫