・・・ 今になって、誰一人この辺鄙な小石川の高台にもかつては一般の住民が踊の名人坂東美津江のいた事を土地の誇となしまた寄席で曲弾をしたため家元から破門された三味線の名人常磐津金蔵が同じく小石川の人であった事を尽きない語草にしたような時代のあっ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・彼らの語るところによれば、或る部落の住民は犬神に憑かれており、或る部落の住民は猫神に憑かれている。犬神に憑かれたものは肉ばかりを食い、猫神に憑かれたものは魚ばかり食って生活している。 そうした特異な部落を称して、この辺の人々は「憑き村」・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・日独にたいする講和促進と中国から手をひくがよいという主張、植民地住民の自立権の確立なども、ウォーレスの政策の一部にふくまれている。 アメリカ国内の民主的なすべての人々は、政権争いをこえて世界をあかるくするための誠意の披瀝されたウォーレス・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・から若い進歩的な人々は、ただ親を――古い時代を論破するという段階からはずっと進みでているわけで、休暇中に国へ帰っている学生たちの仕事は、その土地での生活擁護のいろいろな活動に入っていって、実際に土地の住民としての親が苦しんでいる問題を解決す・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・廊下で、 男の声 ここいらの住民は兎は食わないんです。 女の声 でも沢山とるんでしょう? カンヅメ工場でも建てりゃいいのに。 思わず答えた。それっきりしずかだ。雪の上によわい日がさしてる。今日は何度もステーションでもないところで・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・更には、存在の無意義さによって解消しつつある厚生省が、社会施設として、それぞれの地区の住民に欠くべからざる托児所、子供の遊場をこしらえる力さえなかったことに向って、警告が与えらるべきであったと思う。日本婦人協力会というような、戦争協力者の集・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・京都にいる貴族の所有地である荘園とそこの住民は荘園の主にまかされて、すべての生活必需品を現物で京都の貴族たちに収めなければならなかった。あらゆる貴重な織物もこうして荘園の女の努力からつくられた。藤原時代というと十二単衣ばかりを思いおこすけれ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・一日じゅう歩いて行っても、立派な畑に覆われた土地のみが続き、住民たちは土産の織物で作った華やかな衣服をまとっている。さらに南の方、コンゴー王国に行って見ると、「絹やびろうど」の着物を着た住民があふれるほど住んでいる。そうして大きい、よく組織・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・東京の裏街で昔の江戸の匂いを嗅これらの郷土の風景と住民と芸術との一切が、ここにはあたかも交響楽に取り入れられた数知れぬ音のようにおのおのその所を得、おのおのその微妙な響きを立てているのである。 木下はこれらの物象を描くに当たって、その物・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・そう考えると、麦積山の塑像の示しているところは、渭水流域の彫塑の技術とか、住民の体格面相とかであるよりも、むしろはるか西方、タリム川流域に栄えていた諸都市における彫塑の技術、住民の体格面相などであるであろう。 四十何年か前に、スタインの・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫