・・・近づいた途端、妙に熱っぽい体臭がぷんと匂った。「お散歩ですの?」 女はひそめた声で訊いた。そして私の返事を待たず、「御一緒に歩けしません?」 迷惑に思ったが、まさか断るわけにはいかなかった。 並んで歩きだすと、女は、あの・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ あとは無我夢中で、一種特別な体臭、濡れたような触感、しびれるような体温、身もだえて転々する奔放な肢体、気の遠くなるような律動。――女というものはいやいや男のされるがままになっているものだと思い込んでいた私は、愚か者であった。日頃慎まし・・・ 織田作之助 「世相」
・・・寝台には若い娘の体温と体臭がむうんとこもっていた。 寝台は狭かったので、体温が伝わってきた。 小沢は娘の寝巻の下が、裸であることを意識しながら、かえって固くなっていた。 娘の方から寝台へ誘ったのだし、そして、べつにそれを拒みたい・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そんな男だ。体臭にまで豚小屋と土の匂いがしみこんで居る。「豚群」とか「二銭銅貨」などがその身体つきによく似合って居る。ハイカラ振ったり、たまに洋服をきて街を歩いたりしているが、そんなことはどう見たって性に合わない。都会人のまねはやめろ!・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・そこには、獣油や、南京袋の臭いのような毛唐の体臭が残っていた。栗本は、強く、扉を突きのけて這入って行った。「やっぱし、まっさきに露助を突っからかしただけあるよ。」 うしろの方で誰れかが囁いた。栗本は自分が銃剣でロシア人を突きさしたこ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・長く風呂に這入らない不潔な体臭がその伍長は特別にひどかった。 栗本は、負傷した同年兵たちを気の毒がる、そういう時期をいつか通りすぎてしまった。反対に、負傷した者を羨んだ。負傷者はあと一カ月もたゝないうちに内地へ送りかえされ、不快な軍隊か・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・なにかしら同じ体臭が感ぜられた。君も僕も渡り鳥だ、そう言っているようにも思われ、それが僕を不安にしてしまった。彼が僕に影響を与えているのか、僕が彼に影響を与えているのか、どちらかがヴァンピイルだ。どちらかが、知らぬうちに相手の気持ちにそろそ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・金魚をいじったあとの、あのたまらない生臭さが、自分のからだ一ぱいにしみついているようで、洗っても、洗っても、落ちないようで、こうして一日一日、自分も雌の体臭を発散させるようになって行くのかと思えば、また、思い当ることもあるので、いっそこのま・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・いったいに、この季節には、べとべと、噎せるほどの体臭がある。 汽車の中の笠井さんは、へんに悲しかった。われに救いあれ。みじんも冗談でなく、そんな大袈裟な言葉を仰向いてこっそり呟いた程である。懐中には、五十円と少し在った。「アンドレア・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・これを見ることによってわれわれは百度の気温と強烈な体臭を想像する。この際蠅はエキストラでなくてスターである。しかし監督の意図など無視して登場し活躍しているからおもしろい。 蛮人の王城らしい建物が映写される。この建物はきわめて原始的である・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫