・・・それが何故か遠藤には、頭に毫光でもかかっているように、厳かな感じを起させました。「御嬢さん、御嬢さん」 遠藤は椅子へ行くと、妙子の耳もとへ口をつけて、一生懸命に叫び立てました。が、妙子は眼をつぶったなり、何とも口を開きません。「・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・が、何故か敵の行方が略わかった事は、一言も甚太夫には話さなかった。甚太夫は袖乞いに出る合い間を見ては、求馬の看病にも心を尽した。ところがある日葺屋町の芝居小屋などを徘徊して、暮方宿へ帰って見ると、求馬は遺書を啣えたまま、もう火のはいった行燈・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・相手は、この話をして聞かせるのが、何故か非常に得意らしい。「今も似よりの話を二つ三つ聞いて来ましたが、中でも可笑しかったのは、南八丁堀の湊町辺にあった話です。何でも事の起りは、あの界隈の米屋の亭主が、風呂屋で、隣同志の紺屋の職人と喧嘩を・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・娘はそれを見ると、何故か、涙がこみ上げて来たそうでございます。これは、当人が、手前に話しました――何も、その男に惚れていたの、どうしたのと云う訳じゃない。が、その縄目をうけた姿を見たら、急に自分で、自分がいじらしくなって、思わず泣いてしまっ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ 後で拵え言、と分かったが、何故か、ありそうにも思われる。 それが鳴く……と独りで可笑しい。 もう、一度、今度は両手に両側の蘆を取って、ぶら下るようにして、橋の片端を拍子に掛けて、トンと遣る、キイと鳴る、トントン、きりりと鳴く。・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ そうだ! 小北の許へ行かねばならぬ――と思うと、のびのびした手足が、きりきりと緊って、身体が帽子まで堅くなった。 何故か四辺が視められる。 こう、小北と姓を言うと、学生で、故郷の旧友のようであるが、そうでない。これは平吉……平・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 私は何故か涙ぐんだ。 優しい目白鳥は、花の蜜に恵まれよう。――親のない雀は、うつくしく愛らしい小鳥に、教えられ、導かれて、雪の不安を忘れたのである。 それにつけても、親雀は何処へ行く。―― ――去年七月の末であった。…・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・唯、二、三町春の真昼に、人通りが一人もない。何故か憚られて、手を触れても見なかった。緋の毛氈は、何処のか座敷から柳の梢を倒に映る雛壇の影かも知れない。夢を見るように、橋へかかると、これも白い虹が来て群青の水を飲むようであった。あれあれ雀が飛・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ と、訊いた。「はあ、そうです」 何故か、私は赧くなった。「やっぱり、そうでっか。どうも、そやないか思てましてん。なんや、戸がたがた言わしたはりましたな。ぼく隣りの部屋にいまんねん。退屈でっしゃろ。ちと遊びに来とくなはれ」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・限定してしまおうとする精神こそ不都合ではないか、しかし言っておくが、髪の型は変えることが出来ても、頭の型まで変えられぬぞと言ってやろうと思ったが、ふと鏡にうつった呉服屋の番頭のような自分の頭を見ると、何故か意気地がなくなってしまって、はあさ・・・ 織田作之助 「髪」
出典:青空文庫