・・・世の人心を瞞着すること、これに若くものはない。何故か? 曰く、全快写真は殆んど八百長である。 いったい丹造がこの写真広告を思いついたのは、肺病薬販売策として患者の礼状を発表している某寺院の巧妙な宣伝手段に狙いをつけたことに始まり、これに・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「夫婦善哉は、何故か、評判がよくなかったが、大阪のああいう世界を描いた限り、私は傑作だと思った。唯、不幸にして描かれた男女の世界が、当代の風潮に反していたことと、それに、あの中の大阪的なものが、東京の評家の神経にふれて、その点が妙な反感・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・と最後の決心をするようになるのだが、そのときはもう何故か手も足も出なくなったような感じで、その傍に坐っている自分の母親がいかにも歯痒いのんきな存在に見え、「こことそこだのに何故これを相手にわからすことができないのだろう」と胸のなかの苦痛をそ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・が、冷澄な空気の底に冴え冴えとした一塊の彩りは、何故かいつもじっと凝視めずにはいられなかった。 堯はこの頃生きる熱意をまるで感じなくなっていた。一日一日が彼を引き摺っていた。そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れ・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 帰途、書かないではいられないと、自分は何故か深く思った。それが、滑ったことを書かねばいられないという気持か、小説を書くことによってこの自己を語らないではいられないという気持か、自分には判然しなかった。おそらくはその両方を思っていた・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・と近藤も何故か真面目で言った。「ハッハッハッハッハッハッ」と二三人が噴飯して了った。「イヤ少なくとも僕の恋はそうであった」と近藤は言い足した。「君でも恋なんていうことを知っているのかね」これは井山の柄にない言草。「岡本君の談・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・それでも、何故か、彼は、腹の虫がおさまらなかった。憲兵が、横よこねで跛を引きながら病院へやって来たことを云って面罵してやりたかった。だが、そうすれば、今、却って、自分が損をするばかりだ。彼はそう考えた。強いて押し黙っていた。 一時間ばか・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・私は暫らく何も云わずに親爺の傍に立っていた。何故か泣けてきて、涙が出だした。 親爺は、私が泣いているのを見た。しかし何とも云わなかった。何かを云いだすと却って、私を泣かせると思ったのだろう。 三 入営してから、・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・彼女は、もう、すべっこくも、美しくもなくなっていた。彼女は、何故か、不潔で、くさく、キタないように見えた。 まもなく田植が来た。親爺もおふくろも、兄も、それから僕も、田植えと、田植えのこしらえに額や頬に泥水がぴしゃぴしゃとびかゝる水田に・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・彼は、何故か自分一人が馬鹿にせられているようで淋しく悲しかった。「もうこんなとこに居りゃせん!」 彼は、涙をこすりこすり、手拭いで頬冠りをして、自分の家へ帰った。皆の留守を幸に、汚れている手足も洗わずに、蒲団の中へもぐり込んだ。・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
出典:青空文庫