・・・事によると、写真に惚れたと云うのは作り話で、ほんとうは誰か我々の連中に片恋をした事があるのかも知れない。(二人の乗っていた電車は、この時、薄暮 芥川竜之介 「片恋」
・・・ 彼等は、珍しがった。作り話と知りつゝ引きつけられた。「俺等だって、賃銀を上げろ、上げなきゃ、畜生! 熔鉱炉を冷やしてかち/\にしてやるなんざ、なんでもねえこったからな。」「うむ、/\。」「いくら、鉱石が地の底で呻っとったっ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・お父さんは、また、てれ隠しの作り話をおっしゃってる。ねえ、坊や。」 と言って、這い寄る二歳の子を膝へ抱き上げた。 太宰治 「親という二字」
・・・友人には、面白い作り話を考えているんだと云ったが、実は数学の問題を考えていたらしい。彼は生涯喫煙はしなかった。 一八六四年の秋には Sheepshanks Exhibitioner に選ばれた。これは大変な名誉なことであったが、これにつ・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・そんな作り話をきかされる柄に見えるかと、彼等は宿へかえる路も笑ったのであった。 女将が階下へ下りかける、階子口ですれ違いに、「ゲンコツぁん、お居やすか」「まだ寝んねおしいしまへんのん」 桃龍と里栄が入って来た。里栄は、都踊り・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・梶は訊いていて、この栖方の最後の話はたとい作り話としても、すっきり抜けあがった佳作だと思った。「鳥飛んで鳥に似たり、という詩が道元にあるが、君の話も道元に似てますね。」 梶は安心した気持でそんな冗談を云ったりした。西日の射しこみ始め・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫