・・・「なに、これで善い運が授かるとなれば、私だって、信心をするよ。日参をしたって、参籠をしたって、そうとすれば、安いものだからね。つまり、神仏を相手に、一商売をするようなものさ。」 青侍は、年相応な上調子なもの言いをして、下唇を舐めなが・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・それも私風情の信心には及ばない事でございましたら、せめては私の息のございます限り、茂作の命を御助け下さいまし。私もとる年でございますし、霊魂を天主に御捧げ申すのも、長い事ではございますまい。しかし、それまでには孫のお栄も、不慮の災難でもござ・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・――が、その内に困まった事には、少将もいつか康頼と一しょに、神信心を始めたではないか? それも熊野とか王子とか、由緒のある神を拝むのではない。この島の火山には鎮護のためか、岩殿と云う祠がある。その岩殿へ詣でるのじゃ。――火山と云えば思い出し・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ これも日頃信心する神や仏のお計らいであろう。八百万の神々、十方の諸菩薩、どうかこの嘘の剥げませぬように。 二 黄泉の使、玉造の小町を背負いながら、闇穴道を歩いて来る。 小町 (金切声どこへ行くのです? ど・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・ 詮方なさに信心をはじめた。世に人にたすけのない時、源氏も平家も、取縋るのは神仏である。 世間は、春風に大きく暖く吹かるる中を、一人陰になって霜げながら、貧しい場末の町端から、山裾の浅い谿に、小流の畝々と、次第高に、何ヶ寺も皆日蓮宗・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
僕は随分な迷信家だ。いずれそれには親ゆずりといったようなことがあるのは云う迄もない。父が熱心な信心家であったこともその一つの原因であろう。僕の幼時には物見遊山に行くということよりも、お寺詣りに連れられる方が多かった。 ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 三 海、また湖へ、信心の投網を颯と打って、水に光るもの、輝くものの、仏像、名剣を得たと言っても、売れない前には、その日一日の日当がどうなった、米は両につき三升、というのだから、かくのごとき杢若が番太郎小屋にただ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「御参詣の方にな、お触らせ申しはいたさんのじゃが、御信心かに見受けまするで、差支えませぬ。手に取って御覧なさい、さ、さ。」 と腰袴で、細いしない竹の鞭を手にした案内者の老人が、硝子蓋を開けて、半ば繰開いてある、玉軸金泥の経を一巻、手・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・んな事でも聞かせましたら、夜が寝られぬほど心持を悪くするだろうと思いますから、私もうっかりしゃべりませんでございますから、あの女はただ汚い変な乞食、親仁、あてにならぬ卜者を、愚痴無智の者が獣を拝む位な信心をしているとばかり承知をいたしており・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ かねて信心する養安寺村の蛇王権現にお詣りをして、帰りに北の幸谷なるお千代の里へ廻り、晩くなれば里に一宿してくるというに、お千代の計らいがあるのである。 その日は朝も早めに起き、二人して朝の事一通りを片づけ、互いに髪を結い合う。おと・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
出典:青空文庫