・・・ 氷見鯖の塩味、放生津鱈の善悪、糸魚川の流れ塩梅、五智の如来へ海豚が参詣を致しまする様子、その鳴声、もそっと遠くは、越後の八百八後家の因縁でも、信濃川の橋の間数でも、何でも存じておりますから、はははは。」 と片肌脱、身も軽いが、口も・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・船は走っている。信濃川を下っているのだ。するする滑り、泳いでいる。川の岸に並び立っている倉庫は、つぎつぎに私を見送り、やがて遠のく。黒く濡れた防波堤が現われる。その尖端に、白い燈台が立っている。もはや、河口である。これから、すぐ日本海に出る・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・万代橋も渡りました。信濃川の河口です。別段、感慨もありませんでした。東京よりは、少し寒い感じです。マントを着て来ないのを、残念に思いました。私は久留米絣に袴をはいて来ました。帽子は、かぶって来ませんでした。毛糸の襟巻と、厚いシャツ一枚は、か・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・この間に信濃川にかけたる舟橋あり。水清く底見えたり。浅瀬の波舳に触れて底なる石の相磨して声するようなり。道の傍には細流ありて、岸辺の蘆には皷子花からみつきたるが、時得顔にさきたり。その蔭には繊き腹濃きみどりいろにて羽漆の如き蜻とんぼうあまた・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫