・・・世の中には古社寺保存の名目の下に、古社寺の建築を修繕するのではなく、かえってこれを破壊もしくは俗化する山師があるように、邦楽の改良進歩を企てて、かえって邦楽の真生命を殺してしまう熱心家のある事を考え出す。しかし先生はもうそれらをば余儀ない事・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・何物にかぎらず多年使い馴れた器物を愛惜して、幾度となく之を修繕しつつ使用していたような醇朴な風習が今は既に蕩然として後を断ったのも此の一事によって推知せられる。 明治三十年の春明治座で、先代の左団次が鋳掛松を演じた時、鋳掛屋の呼び歩く声・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・ 彼のエイトキン夫人に与えたる書翰にいう「此夏中は開け放ちたる窓より聞ゆる物音に悩まされ候事一方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井よ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 二人の子供は、コムプレッサー、鍛冶場、変電所、見張り、修繕工場、などを見て歩いたが、その親たちは見当らなかった。 深い谷底のような、掘鑿に四つの小さい眼が注がれた。坑夫の子供ではあっても、その中へは入る事が許されなかったし、又、許・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・そして二年ばかりたちますと、ブドリはほかの人たちといっしょにあちこちの火山へ器械を据え付けに出されたり、据え付けてある器械の悪くなったのを修繕にやられたりもするようになりましたので、もうブドリにはイーハトーヴの三百幾つの火山と、その働き具合・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 網は時々風にやぶれたりごろつきのかぶとむしにこわされたりしましたけれどもくもはすぐすうすう糸をはいて修繕しました。 二百疋の子供は百九十八疋まで蟻に連れて行かれたり、行衛不明になったり、赤痢にかかったりして死んでしまいました。・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・「この時計、上等だな。巴里製だ。針がゆるんだんだ。」 農夫は針の上のねじをまわしました。「修繕したのか。汝、時計屋に居たな。」炉のそばの年老った農夫が云いました。若い農夫は、も一度自分の腕時計に柱時計の針を合せて、安心したように・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・広場の奥の大きい厩か納屋だったらしい建物があって、そこが、今はすっかり清潔に修繕されて、運動具置場になっている。「懸垂」などもそこにおかれている。 教室へ入って行って見ると、仕事着を着た男女生徒が、旋盤に向って注意深く作業練習をしている・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・――…… 列車は修繕のために二時間以上雪の中にとまっていた。 ほとんど終日、アムール河の上流シグハ川に沿うて走る。雪、深し。灌木地帯で、常磐木は見えない。山がある。民家はシベリアとは違い薄い板屋根だ。どの家も、まわりに牧柵をゆって、・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・「蝙蝠傘張替修繕は好うがすの」と呼んで、前の往来を通るものがある。糸車のぶうんぶうんは相変らず根調をなしている。 石田はどこか出ようかと思ったが、空模様が変っているので、止める気になった。暫くして座敷へ這入って、南アフリカの大きい地・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫