・・・を「無限の遠方は復帰である」と訳してあるが、これはアインシュタインの宇宙を指しているようで面白い。また「無有入於無間」を「個体性のないものは連続的物質中に侵入する」と訳しているが、これは、何となく古典物理学のエーテルを云っているようで面白い・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・今の日本は有機的の個体である。三分の一死んでも全体が死ぬであろう。 この恐ろしい強敵に備える軍備はどれだけあるか。政府がこれに対してどれだけの予算を組んでいるかと人に聞いてみてもよくわからない。ただきわめて少数な学者たちが熱心に地震の現・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・しかし第一に震源なるものがそれほど明確な単独性をもった個体と考えてよいか悪いかさえも疑いがある、のみならず、たとえいわゆる震源が四元幾何学的の一点に存在するものと仮定しても、また現在の地震計がどれほど完全であると仮定しても、複雑な地殻を通過・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・工業が衰えたわけでもないらしい。個体が死んでも種が栄えれば国家は安泰である。個体の死に付随する感傷的な哀詩などは考えないほうが健全でいいかもしれない。 工場のみならず至るところに安普請の家が建ちかかっているのがこのあいだじゅう目について・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 単細胞動物のようなものでは個体を切断しても、各片が平気で生命を持続することができるし、もう少し高等なものでも、肢節を切断すれば、その痕跡から代わりが芽を吹くという事もある。しかし高等動物になると、そういう融通がきかなくなって、針一本で・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・よしやそれほど簡単な場合でなくとも、有限な個体の間に有限な関係があるだけの宇宙ならば、万象はいつかは昔時の状態そのままに復帰して、少なくも吾人のいわゆる物理的世界が若返る事は可能である。このような世界の「時」では、未来の果ては過去につながっ・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・そういう外部の物理的化学的条件だけではなくて、もっと大切な各樹個体に内在する条件があるのではないかと素人考えにも想像されるのであった。もちろん生物学をよく知らない自分にはほんとうのことはわからない。 この銀杏でもプラタヌスでも、やはり一・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 人間のごとき最高等な動物でも、それが多数の群集を成している場合について統計的の調査をする際には、それらの人間の個体各個の意志の自由などは無視して、その集団を単なる無機的物質の団体であると見なしても、少しもさしつかえのない場合がはなはだ・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・要するに普通の詩歌の相次ぐ二句は結局一つの有機的なものの部分であり、個体としての存在価値をもたないものであるが、連句の二句は、明白に二つの立派な独立な個体であって、しかもその二つの個体自身の別々の価値のみならず、むしろ個体と個体との接触によ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・わが心に銘じる悲しみが深きにつれて、文学はその悲しみを追求することによって、単なる悲しみから立ち上った人間精神の美を発見し、美を感じ生みだすことによって、個体の経験を社会の富に転化して、そこから成長しきるのである。が、一つの悲しみ、一つのよ・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫