・・・大衆といい、民衆といい、抽象的に、いかように人間を考えらるゝことはあっても、実際に於ける、大衆の生活、民衆の生活は、全く個別的のものであった。 どこに行っても、人間は、みな自分と同じように、たえず、何ものかを求めている。そして、苦しんで・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ 私は一般平均から見ても、また個別的に見ても、学芸にかけての日本人の頭が少しでも欧米文化国民のそれに劣らないものだと信じて疑わないものである。しかし今までのところでまだ学芸方面において世界第一人者として、少なくとも公認されたものの数のは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・すなわち、ただ一つだけの因子が有効で他のすべての因子が無効な場合におけるその一つの因子の及ぼす効果だけを知れば、それらの個別的効果の総和が実際の共存的場合の効果を与えるか、というと、決してそうばかりでないということが科学上の実例にはいくらも・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ この不可能事を化して可能にする魔術師の杖は何かと調べてみると、それは、言わば、具体的事実の抽象一般化、個別的現象の類型化とでも名づけるべき方法であると思われる。 殺人事件というものが古来一つもなかったらどうにもならない話であるが、・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・この仕方で出版された書物は、その特種なる国民的趣味を代表する表紙の一色によつて、作者自身の属してゐる民族別を表明するの外何の個別的な趣味をも指定してゐない。つまりその本当の装幀は、一切読者自身の自由意志に任かすのである。それによつて読者は、・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・根本は家事が個別的に主婦の負担であるということが原因です。今日民主的な活動をしている人々の間に、思ったよりも多く従来の結婚生活がこわれてきています。外で働く男の人は仕事の場面でまだ若い身軽な女性を見出して、その人と新しい結婚生活に入ることが・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・同じ事情におかれた評論家の中には、早速内務省へ個別的に自分の思想的立場を釈明した文書を出した人があり、そういう人にはすぐ特別のはからいをしたという役人の言葉であった。 中野も私も、そういうことはしまいということに相談をきめた。そして、一・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ ヒューマニズムの歴史性そのものが内包していた方向から目をそらして無制約に人間中心の唱えられたことは、文学に雑多な個別的な花を開かせたが、例えば尾崎士郎の「人生劇場」にしろ、川端康成の「雪国」にしろ、各人の芸術完成の一定段階を示しながら・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・現象の個別的必然の底によこたわる社会的・階級的な歴史の必然をその実感の範囲にとりこむところまでのびてきている。個々の作家の社会的な生活感情は深められ、ひろがり、有機性を高めてきて、個々にあらわれる現象の普遍性を理解し、感じとり、生ける典型と・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・学の任務だという理論から、インテリゲンツィアをふくむ全人民の民主的な社会生活への推進という方向へ動かず、むしろそういう社会の潮流に抵抗して、個人をがんこにそういう流から孤立させ、社会歴史から抽象し、「個別経験の特殊性」という心理の主観的なコ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫