・・・おれはいま百万円の借金がある。この借金は死ぬまで返せまい。そんなおれに、金持ちになる道が教えられると思うのか。うはははは……」 笑いやんで、五代は、「――帰れ」 と、言った。 丹造はその後転々奉公先をかえたが、どこでも尻が温・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 莫大な借金を残して死ぬいいわけに、彼はそう言っていた。 しかし、彼が借金を残したのは、酒を買う金のためではなかった。当時、一升の酒代ぐらい知れたものであった。灘の菊正で一升二円もしなかった。 彼が借金を残したのは、阿呆なぐらい・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・「いや別にどうもなくて無事で来ましたがね、じつは今度いっさい家の方の始末をつけ、片づける借金は片づけ、世帯道具などもすべてGに遣ってしまって、畑と杉山だけ自分の名義に書き替えて、まったく身体一つになって出てきたんだそうですよ。親戚へもほ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・…… 月々十円ばかしの金が、借金の利息やら老父の飲代やらとして、惣治から送られていたのであった。それを老父は耕吉に横取りされたというわけである。家屋敷まで人手に渡している老父たちの生活は、惨めなものであった。老父は小商いをして小遣いを儲・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・するとそんな男にでもいろんな借金があって、死んだとなるといろんな債権者がやって来たのであるが、その男に家を貸していた大家がそんな人間を集めてその場でその男の持っていたものを競売にして後仕末をつけることになった。ところがその品物のなかで最も高・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけて行っても、最初の二三小節で不意に立ち上がって・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・それも今日母上や妹の露命をつなぐ為めとか何とか別に立派な費い途でも有るのなら、借金してだって、衣類を質草に為たって五円や三円位なら私の力にても出来して上げるけれど、兵隊に貢ぐのやら訳もわからない金だもの。可いよ、明日こそ私しが思いきり言うか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・買った田も、二百円は信用組合に借金となっていた。何兵衛が貧乏で、何三郎が分限者だ。徳右衛門には、田を何町歩持っている。それは何かにつれて、すぐ、村の者の話題に上ることだ。人は、不動産をより多く持っている人間を羨んだ。 それが、寒天のよう・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・預金はとっくの昔に使いつくし、田畑は殆ど借金の抵当に入っていた。こんなことになったのも、結局、為吉がはじめ息子を学校へやりたいような口吻をもらしたせいであるように、おしかは云い立てゝ夫をなじった。「まあそんなに云うない。今にあれが銭を儲・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・怒られても私は、いいえ、大谷さんの借金が、いままでいくらになっているかご存じですか? もしあなたたちが、その借金をいくらでも大谷さんから取って下さったら、私は、あなたたちに、その半分は差し上げます、と言いますと、記者たちも呆れた顔を致しまし・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫