・・・…… 主筆 ちょっともの足りない気もしますが、とにかく近来の傑作ですよ。ぜひそれを書いて下さい。 保吉 実はもう少しあるのですが。 主筆 おや、まだおしまいじゃないのですか? 保吉 ええ、そのうちに達雄は笑い出すのです。と思・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「だが、恋愛小説の傑作は沢山あるじゃないか。」「それだけまた、後世 そう話がわかっていれば、大に心づよい。どうせこれもその愚作中の愚作だよ。何しろお徳の口吻を真似ると、「まあ私の片恋って云うようなもの」なんだからね。精々そのつもりで、聞・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・こう云う傾向の存する限り、微細な効果の享楽家には如何なる彼の傑作と雖も、十分の満足を与えないであろう。 ショオとゴオルスウアアズイとを比較した場合、ショオはゴオルスウアアズイよりも偉大であるが、ゴオルスウアアズイよりも芸術家ではないと云・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・ その思想と伎倆の最も円熟した時、後代に捧ぐべき代表的傑作として、ハムレットを捕えたシェクスピアは、人の心の裏表を見知る詩人としての資格を立派に成就した人である。一三 ハムレットには理智を通じて二つの道に対する迷いが現わ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・金にしては何ほどにもならないが、創作としては、よしんば望んでいた脚本が出来たとしても、その脚本よりかずッと傑作だろうという確信が出た。 僕のからだは、土用休み早々、国府津へ逃げて行った時と同じように衰弱して、考えが少しもまとまらなくなっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・堀田伯爵のために描いた『徒然草』の貼交ぜ屏風一双は椿岳晩年の作として傑作の中に数うべきものであって、その下画らしいものが先年の椿岳展覧会にも二、三枚見えた。依田学海翁の漢文の椿岳伝が屏風の裏に貼ってあったそうだが、学海の椿岳伝は『譚海』の中・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 緑雨の傑作は何といっても『油地獄』であろう。が、緑雨自身は『油地獄』を褒めるような批評家さまだからカタキシお話しにならぬといって、『かくれんぼ』や『門三味線』を得意がっていた。『門三味線』は全く油汗を搾って苦辛した真に彫心鏤骨の名文章・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 過去に於ける文学は多くは片商売であって、今日依然光輝を垂れてる大傑作は大抵米塩の為め書いたものでないのは明かであるが、此の過去の事実を永遠に文人に強いて文学の労力に対しては相当の報賞を与うるを拒み、文人自らが『我は米塩の為め書かず』と・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・を坂田の傑作として、永く記憶したいのである。 いかなる「阿呆な将棋」であったか。坂田は第一手に、九三の端の歩を九四へ突いたのである。平手将棋では第一手に、角道をあけるか、飛車の頭の歩を突くかの二つの手しかない。これが定跡だ。誰がさしても・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・こりゃ一世一代の傑作になるよ」 家人は噴きだしながら降りて行った。私はそれをもっけの倖いに思った。なぜ阿部定を書きたいのかと訊かれると、返答に困ったかも知れないのだ。所詮はグロチック好みの戯作者気質だと言えば言えるものの、しかしただそれ・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫