・・・同時に「蛇笏と云うやつはいやに傲慢な男です」とも云った。僕は悪口を云われた蛇笏に甚だ頼もしい感じを抱いた。それは一つには僕自身も傲慢に安んじている所から、同類の思いをなしたのかも知れない。けれどもまだその外にも僕はいろいろの原因から、どうも・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・彼はそれを聞くと依然として傲慢な態度を持しながら、故らに肩を聳かせて見せた。「同じ汽車に乗っているのだから、君さえ見ようと云えば、今でも見られます。もっとも南洲先生はもう眠てしまったかも知れないが、なにこの一つ前の一等室だから、無駄足を・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・この例は、優に閣下の傲慢なる世界観を破壊するに足りましょう。…… × × × それから、先は、ほとんど意味をなさない、哲学じみた事が、長々と書いてある。これは不必要だから、ここ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・しかし第二の種類に属する芸術家である以上は、私のごとく考えるのは不当ではなく、傲慢なことでもなく、謙遜なことでもなく、爾かあるべきことだと私は信じている。広津氏は私の所言に対して容喙された。容喙された以上は私の所言に対して関心を持たれたに相・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ ――略して申すのですが、そこへ案内もなく、ずかずかと入って来て、立状にちょっと私を尻目にかけて、炉の左の座についた一人があります――山伏か、隠者か、と思う風采で、ものの鷹揚な、悪く言えば傲慢な、下手が画に描いた、奥州めぐりの水戸の黄門・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ いや決してえらい事を云うんじゃない。傲慢で云うんじゃない。当り前の頭があって、相当に動いて居りさえすれば、君時代に後れるなどいうことがあるもんじゃないさ。露骨に云って終えば、時代におくれやしないかなどいう考えは、時代の中心から離れて居・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・その男は、傲慢でありまして、なにも獲物なしに帰る猟人を見ますと鼻の先で笑いました。「私は、これまで山へはいって、から手で家へ帰ったことはない。こんどもこうして山へはいれば、きつねか、おおかみか、大ぐまをしとめて、土産にするから、どうか私・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・そして、結局は昨日に比べてはるかに傲慢な豹一に呆れてしまった。彼女の傲慢さの上を行くほどだったが、しかし彼女は余裕綽々たるものがあった。豹一の眼が絶えず敏感に動いていることや、理由もなくぱッと赧くなることから押して、いくら傲慢を装っても、も・・・ 織田作之助 「雨」
・・・月並みに、怜悧だとか、勝気だとか、年に似合わぬ傲慢さだとか、形容してみても、なお残るものがある不思議な眼だった。 ところが、憑かれたように、バッハのフーガを繰りかえして弾いているうちに、さすがに寿子の眼は血走って来た。充血して痛々しいく・・・ 織田作之助 「道なき道」
私の文学――編集者のつけた題である。 この種の文章は往々にして、いやみな自己弁護になるか、卑屈な謙遜になるか、傲慢な自己主張になりやすい。さりげなく自己の文学を語ることはむずかしいのだ。 しかし、文学というものは、・・・ 織田作之助 「私の文学」
出典:青空文庫