・・・が、その石塔が建った時、二人の僧形が紅梅の枝を提げて、朝早く祥光院の門をくぐった。 その一人は城下に名高い、松木蘭袋に紛れなかった。もう一人の僧形は、見る影もなく病み耄けていたが、それでも凛々しい物ごしに、どこか武士らしい容子があった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ まさかとは思う……ことにその言った通り人恋しい折からなり、対手の僧形にも何分か気が許されて、 と二声ほど背後で呼んだ。」 五「物凄さも前に立つ。さあ、呼んだつもりの自分の声が、口へ出たか出んか分らな・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ ――その軒の土間に、背後むきに蹲んだ僧形のものがある。坊主であろう。墨染の麻の法衣の破れ破れな形で、鬱金ももう鼠に汚れた布に――すぐ、分ったが、――三味線を一挺、盲目の琵琶背負に背負っている、漂泊う門附の類であろう。 何をか働く。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 都に上った厨子王は、僧形になっているので、東山の清水寺に泊った。 籠堂に寝て、あくる朝目がさめると、直衣に烏帽子を着て指貫をはいた老人が、枕もとに立っていて言った。「お前は誰の子じゃ。何か大切な物を持っているなら、どうぞおれに見せ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫