・・・ 大川の流れを見るごとに、自分は、あの僧院の鐘の音と、鵠の声とに暮れて行くイタリアの水の都――バルコンにさく薔薇も百合も、水底に沈んだような月の光に青ざめて、黒い柩に似たゴンドラが、その中を橋から橋へ、夢のように漕いでゆく、ヴェネチアの・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・向こう側にジェスウィトの寺院がある。僧院の廊下へはいって見ると、頭を大部分剃って頂上に一握りだけ逆立った毛を残した、そして関羽のような顔をした男が腕組みをしてコックリコックリと廊下を歩いている。黙っておこったような顔をしてわき目もふらず歩い・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・けれども「パルムの僧院」で、スタンダールは一人の人間は事件の局所しか目撃出来ないという現象にとらわれて、そこに文学の写実の意味をおく一種の間違いをおかした通り、ナポレオンについても彼が帝位につくに至った勢いについての評価は決して紙背に徹して・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷刺人形をつり上げ、ステッキをついた外国の散歩者の目をみはらせればよい。――ところで、 一寸、――こ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・八十二歳のトルストイは、日頃から家庭にある殆ど唯一の理解者、三女のアレクサンドラに手つだわせて家出をした。僧院に向う途中、トルストイはアスタポヴォという寒村の小駅で、急に肺炎をおこして亡くなったのであった。 レフ・トルストイは、全生涯を・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ 福済寺から受ける全印象は、この寺が、嘗て僧院として存在したというより、明人及長崎先覚者等の間に倶楽部のような役目をつとめていたらしいことだ。広大な方丈に坐って点滴の音を聴いていたら、今日は沈君の絵を一つ見ようと思って、などと談笑しなが・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ると同時に、大革命時代に「没収されていた教会僧院の財産は勿論、或は分割され、或は競売に附せられた貴族の財産も亦今や嚮日とは比較にならない程数多い新所有者の手に帰したのである。従って金銭がブルジョア生活の動力となり、又同時に万人の渇望の対象と・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・○p.346 十八歳のごくつまらない青年が、―― 当今大流行の、女を軽蔑するという習慣をもっている―― スタンダールの描写一、パルムの僧院では ウォータールーがおどろくべきものだった。二、緑の騎士で・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
・・・それはさきころまで、本堂の背後の僧院におられましたが、行脚に出られたきり、帰られませぬ」「当寺ではどういうことをしておられましたか」「さようでございます。僧どもの食べる米を舂いておられました」「はあ。そして何かほかの僧たちと変っ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫