・・・当時は町を離れた虎杖の里に、兄妹がくらして、若主人の方は、町中のある会社へ勤めていると、この由、番頭が話してくれました。一昨年の事なのです。 ――いま私は、可恐い吹雪の中を、そこへ志しているのであります―― が、さて、一昨年のその時・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・学校へゆく二人の兄妹に着物を着せる、座敷を一通り掃除する、そのうちに佐介は鍬を肩にして田へ出てしまう。お千代はそっとおとよの部屋へはいって、「おとよさん今日はゆっくり休んでおいでなさい、蚕籠は私がこれから洗いますから」 そういわれて・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・夜になると、裏の野菜圃で、うまおいの鳴く声がきこえました。兄妹は、縁側に出て、音もなくぬか星の光っている、やがて初秋に近づいた夜の空を見ていましたが、「サーカスは、どこへいったでしょうね。」と、みつ子は、いいました。「あちらの、遠い・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・正吉くんは、なんとなく、この兄妹の仲のいいのがうらやましくなって、自分もいつか微笑んで、二人のようすをながめていました。「新しい、お友だちをつれてきたのだよ。」と、兄は、妹にいいました。「これから、ときどき、遊びにきてもいい?」と、・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・生の母は父の仇です、最愛の妻は兄妹です。これが冷かなる事実です。そして僕の運命です。 若し此運命から僕を救い得る人があるなら、僕は謹しんで教を奉じます。其人は僕の救主です。」 七 自分は一言を交えないで以上の物・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・私が自分のそばにいる兄妹三人の子供の性質をしみじみ考えるようになったのも、早川賢というような思いがけない人の名を三郎の口から聞きつけるようになったのも、そのころからだ。 毎日のような三郎の「早川賢、早川賢」は家のものを悩ました。きのうは・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 今までのとうさんの生活が変則で、多少不自然であることは自分でも知っていましたが、おまえたち兄妹を養育するためには、これもやむをえないことでした。長い年月の間のとうさんの苦心は、おまえも思い見てくれることでしょう。だんだんおまえたちも大・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・それに気質の合わないことが次第によくわかって来た兄妹をこんな狭い巣のようなところに無理に一緒に置くことの弊害をも考えた。何も試みだ、とそう考えた。私は三郎ぐらいの年ごろに小さな生活を始めようとした自分の若かった日のことを思い出して現に私から・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・「ふふふそれはあなた、家では何とかいうとすぐあなたの話が出るんですから、あの人だって、まだ見もしないうちからもう青木さん青木さんと言って、お出でになってもまるで兄妹かなぞのように思っているんですもの」と章坊の枕を直してやる。「さっき・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇う鬼の面であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫