・・・我々は勿論先輩諸氏も決して先生を冷遇するのではないが先生の方で勝手にそう決定て怒っておられる、実に困った者で手の着けようがない。実は自分は梅子嬢を貰いたいと兼ねて思っていたのであるから、井下伯に頼んで梅子嬢だけ滞めて置いて後から交渉して貰う・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・士は己れを知る者のために死すというが、自分の精霊の本質をつかんでくれるような知己に合うとき、人は生命をも惜しからじと思うのである。先輩や長上や主君の知遇に合うことはこの人生行路におけるこの上ない感謝であって、世間にはこの感激に生きている人は・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・自分などよりは文学の上でも年齢の上でもかなり先輩だと思っていた春月が三十九歳で、現在の私の年齢より若くて死んでいるのを碑文を見て不思議なような気持で眺め直した。生前の春月を直接知っていたのではない。その詩や、ハイネ、ゲーテの訳詩に感心したの・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・模のもので、学舎というよりむしろただの家といった方が適当な位のものでして、先生は一人、先生を輔佐して塾中の雑事を整理して諸種の便宜を生徒等に受けさせる塾監みたような世話焼が二三人――それは即ち塾生中の先輩でして、そして別に先生から後輩の世話・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・そしてまたこの家の主人に対して先輩たる情愛と貫禄とをもって臨んでいる綽々として余裕ある態度は、いかにもここの細君をしてその来訪を需めさせただけのことは有る。これに対座している主人は痩形小づくりというほどでも無いが対手が対手だけに、まだ幅が足・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・骨組の太い上田が立ち上がると、いきなり、「われ/\の同志であり、先輩である山崎君の*****に私は**を***ものである。もはや山崎は同志でもなく、先輩でもない!」と前置きをして、自分は山崎のように学問もないが、私自身が*****いる***・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 先輩の一言一行も忘れられないかのように、次郎はそれを私に語ってみせた。 いよいよ次郎の家を離れて行く日も近づいた。次郎はその日を茶の間の縁先にある黒板の上に記しつけて見て、なんとなくなごりが惜しまるるというふうであった。やがて、荷・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ある社で計画した今度の新しい叢書は著作者の顔触れも広く取り入れてあるもので、その中には私の先輩の名も見え、私の友だちの名も見えるが、菊版三段組み、六号活字、総振り仮名付きで、一冊三四百ぺージもあるものを思い切った安い定価で予約応募者にわかと・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・もう、名刺を、友人や先輩、または馴染の喫茶店に差し上げてしまっていたのです。印刷所の手落ちでは無く、兄がちゃんと UMEKAWA と指定してやったものらしく、uという字を、英語読みにユウと読んでしまうことは、誰でも犯し易い間違いであります。・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ しかし、そのような諸先輩のいろいろまちまちの論は、いずれもこの「青ヶ島大概記」に於てだけは、当るといえども甚だ遠いものではなかろうかと私には思われるのだ。 井伏さんが「青ヶ島大概記」をお書きになった頃には、私も二つ三つ、つたな・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
出典:青空文庫