・・・貝殻のように白く光るのは、大方さっきの桜の花がこぼれたのであろう。「話さないかね。お爺さん。」 やがて、眠そうな声で、青侍が云った。「では、御免を蒙って、一つ御話し申しましょうか。また、いつもの昔話でございますが。」 こう前・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・これらの町々を通る人の耳には、日をうけた土蔵の白壁と白壁との間から、格子戸づくりの薄暗い家と家との間から、あるいは銀茶色の芽をふいた、柳とアカシアとの並樹の間から、磨いたガラス板のように、青く光る大川の水は、その、冷やかな潮のにおいとともに・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
彼は、秋になり切った空の様子をガラス窓越しに眺めていた。 みずみずしくふくらみ、はっきりした輪廓を描いて白く光るあの夏の雲の姿はもう見られなかった。薄濁った形のくずれたのが、狂うようにささくれだって、澄み切った青空のこ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・夏の夜の透明な空気は青み亘って、月の光が燐のように凡ての光るものの上に宿っていた。蚊の群がわんわんうなって二人に襲いかかった。 仁右衛門は死体を背負ったまま、小さな墓標や石塔の立列った間の空地に穴を掘りだした。鍬の土に喰い込む音だけが景・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そして黒い上衣と光るシルクハットとのために、綺麗に髯を剃った、秘密らしい顔が、一寸廉立った落着を見せている。 やはり廉立ったおちつきを見せた頭附をして検事の後の三人目の所をフレンチは行く。 監獄の廊下は寂しい。十五人の男の歩く足音は・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ すぽりと離れて、海へ落ちた、ぐるぐると廻っただがな、大のしに颯とのして、一浪で遠くまで持って行った、どこかで魚の目が光るようによ。 おらが肩も軽くなって、船はすらすらと辷り出した。胴の間じゃ寂りして、幽かに鼾も聞えるだ。夜は恐ろし・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・画会では権威だと聞く、厳しい審査員でありながら、厚ぼったくなく、もの柔にすらりとしたのが、小丼のもずくの傍で、海を飛出し、銀に光る、鰹の皮づくりで、静に猪口を傾けながら、「おや、もう帰る。」信也氏が早急に席を出た時、つまの蓼を真青に噛ん・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・幹の赤い色は、てらてら光るのである。ひとかかえもある珊瑚を見るようだ。珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青をべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。老爺は予のために、楓樹にはいのぼって上端にある色よい枝を折・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・の頃での大宗師であったから、門に伺候して著書の序文を請うものが引きも切らず、一々応接する遑あらざる面倒臭さに、ワシが序文を書いたからッて君の作は光りゃアしない、君の作が傑作ならワシの序文なぞはなくとも光ると、味も素気もなく突跳ねた。 す・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・黒い着物を着て、茶色な髪をして白く光る顔をして歩いている。女房はその自分の姿を見て、丁度他人を気の毒に思うように、その自分の影を気の毒に思って、声を立てて泣き出した。 きょうまで暮して来た自分の生涯は、ぱったり断ち切られてしまって、もう・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫