・・・右手の方の空間で何かキラキラ光るものがあると思ってよく見ると、日本橋の南東側の河岸に聳え立つあるビルディングの壁面を方一尺くらいの光の板があちらこちらと這い廻っている。それが一階の右の方の窓を照らすかと思っていると急に七階の左の方へ飛んで行・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・小男だから、いつも相手をすくいあげるようにして、しわんだ、よく光る茶っぽい眼でみつめながら、いうのである。「ホホン――、それでわしらの労働者を踏み台にして、未来は代議士とか大臣とかに出世なさっとだろうたい、そりゃええ」 高坂でも、長・・・ 徳永直 「白い道」
・・・佳句を得て佳句を続ぎ能わざるを恨みてか、黒くゆるやかに引ける眉の下より安からぬ眼の色が光る。「描けども成らず、描けども成らず」と椽に端居して天下晴れて胡坐かけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語にて即興なれば間に合わすつもりか。剛き髪を五分・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・きらきらと光る小刀を持っていたのである。裸刃で。「手を引っ込めぬと、命が無いぞ。そこで今云ったとおり、おれが盗んでいるのだ。おぬし手なんぞを出して、どうしようと云うのだ。馬鹿奴。取って売るつもりか。売るにしても誰に売る。この宝は持っていて、・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・次々うつるひるのたくさんの青い山々の姿や、きらきら光るもやの奥を誰かが高く歌を歌いながら通ったと思ったら富沢はまた弱く呼びさまされた。おもての扉を誰か酔ったものが歌いながら烈しく叩いていて主人が「返事するな、返事するな。」と低く娘に云ってい・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・重って来た困る事にすき通る様なかおをして壺のかすかに光るのを見る。ペーンはそのかおを眉のあたりからズーッと見廻して神秘的の美くしさに思わず身ぶるいをしてひくいながら心のこもった声で云う。ペーン マア何と云う御前は美くしい事だ。そのこ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・そして銀色に光る山の巓が一つ見え二つ見えて来た。フランツが二度目に出掛けた頃には、巓という巓が、藍色に晴れ渡った空にはっきりと画かれていた。そして断崖になって、山の骨のむき出されているあたりは、紫を帯びた紅ににおうのである。 フランツが・・・ 森鴎外 「木精」
・・・高田の鋭く光る眼差が、この日も弟子を前へ押し出す謙抑な態度で、句会の場数を踏んだ彼の心遣いもよくうかがわれた。「三たび茶を戴く菊の薫りかな」 高田の作ったこの句も、客人の古風に昂まる感情を締め抑えた清秀な気分があった。梶は佳い日の午・・・ 横光利一 「微笑」
・・・だっておっかさんは、そんな立派な光る物なんぞ着てる人じゃなかったんだものを」というと、それはそれは急にお顔色が変ったこと、ワットお泣なさったそのお声の悲そうでしたこと。僕はあんなに身をふるわしてお泣なさるような失礼をどうしていったかと思って・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・やがて自由に華やかに、にっと笑って、白い歯がきらきらと光る。話を初めると美しいことばが美しい動作に伴なわれて、急調に、次から次へと飛び出して来る。 舞台に上る三時間は彼女の生活の幕間なのである。彼女は生活の全力を集めて舞台に尽くしている・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫