・・・そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手の下駄箱のある入り口にはいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえっ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・さあ猫は愕いたの何の舌を風車のようにふりまわしながら入り口の扉へ行って頭でどんとぶっつかってはよろよろとしてまた戻って来てどんとぶっつかってはよろよろまた戻って来てまたぶっつかってはよろよろにげみちをこさえようとしました。 ゴーシュはし・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ 電車の中では隣りの人の雑誌に心を引かれてすぐに家に行きついた。 入り口の石の上に見なれない下駄がそろえてあった、来た人が誰だか千世子には一寸想像がつかなかった、母親の居間で客の話し声が聞えた。 男にしては細い上っ皮のかすれた様・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ 女は都会人らしく気味悪そうに空地の入り口に袂を掻き合わせて佇んでいた。裏の松林からときどき松籟が聞こえた。雑草の蔭に濃い紫菫が咲いていた。 見積りも面倒なく済んで、地形にとりかかった。石川の経験ではすらりと進み過ぎたくらいの仕事で・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・ 入り口のすぐせっこい段々になって居るって云う事も案内女のいかにも浅草式な赤いかなきんの妙てこなものを着て白粉をコテコテぬって歩くのにみにくい私がはずかしくなる様な曲線をつくって居るのなんかは私の心を涙をこぼさせそうにしてしまいました。・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ 人々がコーヒーを飲み了ったと思うと、憲兵の伍長が入り口に現われた。かれは問うた、『ここにブレオーテのアウシュコルンがいるかね。』 卓の一端に座っていたアウシュコルンは答えた、『わしはここにいるよ。』 そこで伍長はまた、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ ちょうどこの相談が済んだところへ、前の与力が出て、入り口に控えて気色を伺った。「どうじゃ、子供は帰ったか」と、佐佐が声をかけた。「御意でござりまする。お菓子をつかわしまして帰そうといたしましたが、いちと申す娘がどうしてもききま・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・浜田耕作氏によると、大阪城大手門入り口の大石の一は横三十五尺七寸高さ十七尺五寸に達し、その他これに伯仲するものが少なくない。かりにこの石の厚さを八尺とし、一立方尺の石の重さを十九貫四百匁とすれば、この石の重さは約十万貫、三七五ト・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・書斎と反対の側の中央に入り口があって、その前が主人の座であった。私はそれと向き合った席に書斎をうしろにしてすわった。ほかには客はなかった。 この最初の訪問のときに漱石とどういう話をしたかはほとんど覚えていないが、しかし書斎へはいって最初・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・問題の入り口に停まっていながら問題を解決したつもりになっている。彼は身のほどを知らないのである。彼は虚偽を排する主義を奉じているが、それを徹底させるためにも浅い体験はただ浅いままに表現すべきであった。一切の借り物を捨て、自分の直視にのみ即し・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫