・・・ 母者ひとの御入来。 其処は端近先ず先ずこれへとも何とも言わぬ中に母はつかつかと上って長火鉢の向へむずとばかり、「手紙は届いたかね」との一言で先ず我々の荒肝をひしがれた。「届きました」と自分が答えた。「言って来たことは都・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・と胴太き声の、蒼く黄色く肥ったる大きなる立派な顔の持主を先に、どやどやと人々入来りて木沢を取巻くように坐る。臙脂屋早く身退りし、丹下は其人を仰ぎ見る、其眼を圧するが如くに見て、「丹下、けしからぬぞ、若い若い。あやまれあやまれ。後輩の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・けれども、まさか、これが、どろぼう入来の前兆であるとは気がつかなかった。私はこれを、自身のありあまる教養の故であろうと、お恥かしい、そう思っていたのである。思い出す。チエホフの芝居にも、ひとりの気のきかない好人物が、「あわや、というまに熊は・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫