・・・浄海入道の天下が好いか、成親の卿の天下が好いか、それさえおれにはわからぬほどじゃ。事によると成親の卿は、浄海入道よりひがんでいるだけ、天下の政治には不向きかも知れぬ。おれはただ平家の天下は、ないに若かぬと云っただけじゃ。源平藤橘、どの天下も・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 檐下の黒いものは、身の丈三之助の約三倍、朦朧として頭の円い、袖の平たい、入道であった。 女房は身をしめて、キと唇を結んだのである。 時に身じろぎをしたと覚しく、彳んだ僧の姿は、張板の横へ揺れたが、ちょうど浜へ出るその二頭の猛獣・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・カタカタカタ、白い魔が忍んで来る、雪入道が透見する。カタカタカタカタ、さーッ、さーッ、ごうごうと吹くなかに――見る見るうちに障子の桟がパッパッと白くなります、雨戸の隙へ鳥の嘴程吹込む雪です。「大雪の降る夜など、町の路が絶えますと、三日も・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ ……と言うとたちまち、天に可恐しき入道雲湧き、地に水論の修羅の巷の流れたように聞えるけれど、決して、そんな、物騒な沙汰ではない。 かかる折から、地方巡業の新劇団、女優を主とした帝都の有名なる大一座が、この土地に七日間の興行して、全・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ つくねんとして、一人、影法師のように、びょろりとした黒紬の間伸びた被布を着て、白髪の毛入道に、ぐたりとした真綿の帽子。扁平く、薄く、しかも大ぶりな耳へ垂らして、環珠数を掛けた、鼻の長い、頤のこけた、小鼻と目が窪んで、飛出した形の八の字・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・狸が化けたり、狐が化けたり、大入道が出ましたなんて、いうような、その事でございます。」「馬鹿な事を言っちゃ可かん、子供が大人になったり、嫁が姑になったりするより外、今時化けるって奴があるものか。」 と一言の許に笑って退けたが、小宮山・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・椿岳も児供の時から画才があって、十二、三歳の頃に描いた襖画が今でも川越の家に残ってるそうだが、どんな田舎の百姓家にしろ、襖画を描くというはヘマムシ入道や「へへののもへじ」の凸坊の自由画でなかった事は想像される。椿岳の画才はけだし天禀であった・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・文応元年七月十六日、屋戸野入道に付して、古最明寺入道殿に進め了んぬ。これ偏に国土の恩を報ぜん為めなり。」 これが日蓮の国家三大諫暁の第一回であった。 この日蓮の「国土の恩」の思想はわれわれ今日の日本の知識層が新しく猛省して、再認識せ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・の如くになり、法然の説く如くに、「一文不知の尼入道」となり、趙州の如くに「無」となるときにのみ、われわれは宇宙と一つに帰し、立命することができるのである。 五 知性か啓示か 今日この国の知識階級の前には知性か啓示かの・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 四日、初めて耕海入道と号する紀州の人と知る。齢は五十を超えたるなるべけれど矍鑠としてほとんと伏波将軍の気概あり、これより千島に行かんとなり。 五日、いったん湯の川に帰り、引かえしてまた函館に至り仮寓を定めぬ。 六日、無事。・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫