・・・もっとも、淘汰した者も全然ないわけではなく、たとえば、売上げ金費消の歴然たる者は、罪状明白なりとして馘首、最初の契約どおり保証金は没収した。 しかし、これとても全然はなからの計画ではなく、冷酷といってしまえばそれまでだが、敢えて「あばく・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・隣歩きで全然力が脱けた。それにこの恐ろしい臭気は! 随分と土気色になったなア! ……これで明日明後日となったら――ええ思遣られる。今だって些ともこうしていたくはないけれど、こう草臥ては退くにも退かれぬ。少し休息したらまた旧処へ戻ろう。幸いと・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・それを勝手に出版屋の方で削除するというのはいささか無法のことでもあり、またそれが世間当然のことだとしても、もっぱらその交渉の任に当っている笹川に、今までにその事が全然分らずにいるというのがおかしい。……彼はいわゆる作家風々主義で、万事がお他・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・彼は相手の今までの話を、そうおもしろがってもいないが、そうかと言って全然興味がなくもないといった穏やかな表情で耳を傾けていた。彼は相手に自分の意見を促されてしばらく考えていたが、「さあ……僕にはむしろ反対の気持になった経験しか憶い出せな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 自分は持て来た小説を懐から出して心長閑に読んで居ると、日は暖かに照り空は高く晴れ此処よりは海も見えず、人声も聞えず、汀に転がる波音の穏かに重々しく聞える外は四囲寂然として居るので、何時しか心を全然書籍に取られて了った。 然にふと物・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・カントが道徳律を全然形式的のものとして、実質的のものを斥けたのは実質はすべてアポステリオリでアプリオリのものは形式のみと考えたためであるが、実質的価値はアプリオリである。先験的倫理学は実質的にも可能である。選択愛憎等の情緒的な心情もアプリオ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・その態度は、掌を引っくりかえしたように、今、全然見られなかった。上等兵の表情には、これまで、病院で世話になったことのないあかの他人であるような意地悪く冷酷なところがあった。 こういう態度の豹変は憲兵や警官にはあり勝ちなことだ。憲兵や警官・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・もっとも某先生の助力があったという事も聞いて居ますが、西洋臭いものの割には言葉遣などもよくこなれていて、而して従来のやり方とは全然違った手振足取を示した事は少からぬ震動を世に与えて居りました。勿論あれが同じあのようなものにしても生硬粗雑で言・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・ 四 しかし、震災の突発について政府以下、すべての官民がさしあたり一ばんこまったのは、無線電信をはじめ、すべての通信機関がすっかり破かいされてしまったために、地方とのれんらくが全然とれなくなったことです。市民たちも、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 作家と読者は、もういちど全然あたらしく地割りの協定をやり直す必要がある。 いちばん高級な読書の仕方は、鴎外でもジッドでも尾崎一雄でも、素直に読んで、そうして分相応にたのしみ、読み終えたら涼しげに古本屋へ持って行き、こんどは涙香の死・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
出典:青空文庫