・・・何でも夫人の前身は神戸あたりの洋妾だと云う事、一時は三遊亭円暁を男妾にしていたと云う事、その頃は夫人の全盛時代で金の指環ばかり六つも嵌めていたと云う事、それが二三年前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――珍竹林主人はまだこの・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 二一 活動写真 僕がはじめて活動写真を見たのは五つか六つの時だったであろう。僕は確か父といっしょにそういう珍しいものを見物した大川端の二州楼へ行った。活動写真は今のように大きい幕に映るのではない。少なくとも画面の大・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ お前たちが六つと五つと四つになった年の八月の二日に死が殺到した。死が総てを圧倒した。そして死が総てを救った。 お前たちの母上の遺言書の中で一番崇高な部分はお前たちに与えられた一節だった。若しこの書き物を読む時があったら、同時に母上・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ようよう六つぐらいの子供で、着物も垢じみて折り目のなくなった紺の単衣で、それを薄寒そうに裾短に着ていた。薄ぎたなくよごれた顔に充血させて、口を食いしばって、倚りかかるように前扉に凭たれている様子が彼には笑止に見えた。彼は始めのうちは軽い好奇・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ぬいと出て脚許へ、五つ六つの猿が届いた。赤い雲を捲いたようにな、源助。」「…………」小使は口も利かず。「その時、旗を衝と上げて、と云うと、上げたその旗を横に、飜然と返して、指したと思えば、峰に並んだ向うの丘の、松の梢へ颯と飛移っ・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・絵や歌や俳句やで友を得るは何でもないが、茶の同趣味者に至っては遂に一人を得るに六つかしい。勿論世間に茶の湯の宗匠というものはいくらもある。女子供や隠居老人などが、らちもなき手真似をやって居るものは、固より数限りなくある、乍併之れらが到底・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・五つ六つの時から踊りが上手なんで、料理屋や待合から借りに来るの。『はい、今晩は』ッて、澄ましてお客さんの座敷へはいって来て、踊りがすむと、『姉さん、御祝儀は』ッて催促するの。小癪な子よ。芝居は好きだから、あたいよく仕込んでやる、わ」 吉・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・などと云い云い普通の人が一つ二つを喰う間に五つも六つもペロペロと平らげた。 が、贅沢は食物だけであって、衣服や道具には極めて無頓着であった。私が初めて訪問した時にダーウィンの『種原論』が載っていた粗末な卓子がその後脚を切られて、普通の机・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
のぶ子という、かわいらしい少女がありました。「のぶ子や、おまえが、五つ六つのころ、かわいがってくださった、お姉さんの顔を忘れてしまったの?」と、お母さまがいわれると、のぶ子は、なんとなく悲しくなりました。 月日は、ちょうど、う・・・ 小川未明 「青い花の香り」
私がまだ六つか七つの時分でした。 或日、近所の天神さまにお祭があるので、私は乳母をせびって、一緒にそこへ連れて行ってもらいました。 天神様の境内は大層な人出でした。飴屋が出ています。つぼ焼屋が出ています。切傷の直ぐ・・・ 小山内薫 「梨の実」
出典:青空文庫