・・・石州浜田六万四千石……船つきの湊を抱えて、内福の聞こえのあった松平某氏が、仔細あって、ここの片原五万四千石、――遠僻の荒地に国がえとなった。後に再び川越に転封され、そのまま幕末に遭遇した、流転の間に落ちこぼれた一藩の人々の遺骨、残骸が、草に・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・細君のほうは、もちろん初婚で、その実家は、かなり内福の農家である。 終戦になり、細君と女児を、細君のその実家にあずけ、かれは単身、東京に乗り込み、郊外のアパートの一部屋を借り、そこはもうただ、寝るだけのところ、抜け目なく四方八方を飛び歩・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・多少内福らしき地主の家の調度。奥に二階へ通ずる階段が見える。上手は台所、下手は玄関の気持。幕あくと、伝兵衛と数枝、部屋の片隅のストーヴにあたっている。二人、黙っている。柱時計が三時を打つ。気まずい雰囲気。突然、数枝が低い異様・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・テツさんは貧しい育ちの娘であるから、少々内福な汐田の家では二人の結婚は不承知であって、それゆえ汐田は彼の父親と、いくたびとなく烈しい口論をした。その最初の喧嘩の際、汐田は卒倒せん許りに興奮して、しまいに、滴々と鼻血を流したのであるが、そのよ・・・ 太宰治 「列車」
・・・ 休職の海軍軍人で小金の有る内福な事を繰返し繰返し云ってから、「一刻も早くはあ孫の顔が見たいばっかりで、」と涙をこぼして居た。 千世子は耳遠い年寄にわかる様に一言一言力を入れて自分の暮しの様子なんか話して、「何より御目出・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・目立たない――、それでも内福らしい着物に老婆の小指の指環が一つ目を引く。老爺 いかがでござらっしゃります。 先ほど、お薬を煎じしゃった火が大方強すぎた事んだろうとの、婆がいかい事案じて居りまする。婆 ほんにお坊様。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫