・・・ 大寺院の内部もまた広大です。そのコリント風の円柱の立った中には参詣人が何人も歩いていました。しかしそれらは僕らのように非常に小さく見えたものです。そのうちに僕らは腰の曲がった一匹の河童に出合いました。するとラップはこの河童にちょっと頭・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・砂の上に建てられた旧道徳を壊って、巌の上に新道徳を築かんとした内部の要求の力である。わたしは以前彼と共に、善とか美とか云う議論をした時、こう云った彼の風貌を未だにはっきりと覚えている。「そりゃ君、善は美よりも重大だね。僕には何と云っても重大・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・寺院の戸が開いた。寺院の内部は闇で、その闇は戸の外に溢れ出るかと思うほど濃かった。その闇の中から一人の男が現われた。十歳の童女から、いつの間にか、十八歳の今のクララになって、年に相当した長い髪を編下げにして寝衣を着たクララは、恐怖の予覚を持・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・しかしながら自分の内部的要求は私をして違った道を採らしている」と。これでここに必要な二人の会話のだいたいはほぼ尽きているのだが、その後また河上氏に対面した時、氏は笑いながら「ある人は私が炬燵にあたりながら物をいっていると評するそうだが、全く・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・理窟からでなく内部から滅亡する。しかしそれはまだまだ早く滅亡すれば可いと思うがまだまだだ。日本はまだ三分の一だ。B いのちを愛するってのは可いね。君は君のいのちを愛して歌を作り、おれはおれのいのちを愛してうまい物を食ってあるく。似たね。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・そうしてその論争によって、純粋自然主義がその最初から限定されている劃一線の態度を正確に決定し、その理論上の最後を告げて、ここにこの結合はまったく内部において断絶してしまっているのである。 四 かくて今や我々には、自己・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・彼の徳川時代の初期に於て、戦乱漸く跡を絶ち、武人一斉に太平に酔えるの時に当り、彼等が割合に内部の腐敗を伝えなかったのは、思うに将軍家を始めとして大名小名は勿論苟も相当の身分あるもの挙げて、茶事に遊ぶの風を奨励されたのが、大なる原因をなし・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
デパートの内部は、いつも春のようでした。そこには、いろいろの香りがあり、いい音色がきかれ、そして、らんの花など咲いていたからです。 いつも快活で、そして、また独りぼっちに自分を感じた年子は、しばらく、柔らかな腰掛けにからだを投げて・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・私の内部のすすや、あのくもの巣などは、きれいにはらわれたのです。それからというものは、なんという私の生活の変わり方であったでしょうか。 毎日、毎日、私は、いやというほど、石炭を腹に入れます。もはや寒い、ひもじい思いなんかというものは、夢・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・続いて、某銀行内部の中傷記事が原因して罰金三十円、この後もそんなことが屡あって、結局お前は元も子もなくしてしまい無論廃刊した。 お前は随分苦り切って、そんな羽目になった原因のおれの記事をぶつぶつ恨みおかしいくらいだったから、思わずにやに・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫