・・・けれども彼は濫りなさし出口はしなかった。いささかでも監督に対する父の理解を補おうとする言葉が彼の口から漏れると、父は彼に向かって悪意をさえ持ちかねないけんまくを示したからだ。彼は単に、農場の事務が今日までどんな工合に運ばれていたかを理解しよ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 出口のところで、フレンチが靴の上に被せるものを捜しているときになって、奥さんはやっと臆病げに口を開いた。「あなた御病気におなりなさりはしますまいね。」 フレンチは怒が心頭より発した。非常なる侮辱をでも妻に加えられたように。・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・自然主義発生当時と同じく、今なお理想を失い、方向を失い、出口を失った状態において、長い間鬱積してきたその自身の力を独りで持余しているのである。すでに断絶している純粋自然主義との結合を今なお意識しかねていることや、その他すべて今日の我々青年が・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ つい、の字なりに畝った小路の、大川へ出口の小さな二階家に、独身で住って、門に周易の看板を出している、小母さんが既に魔に近い。婦でト筮をするのが怪しいのではない。小僧は、もの心ついた四つ五つ時分から、親たちに聞いて知っている。大女の小母・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「ええ、あの出口へ自動車が。」「おおそうか。……ええ、むやみに動かしては危いぞ。」「むこうで、かわしたようです。」 隧道を、爆音を立てながら、一息に乗り越すと、ハッとした、出る途端に、擦違うように先方のが入った。「危え、・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・お富士さまのあれで出口がふさがったもんだから、むかしの甲斐の海の水がのこったのでござります。ここの湖水はみんな、はいる水はあってもでる口はないのでござります。だからこの水は大むかしからの水で甲斐の海のままに変わらない水でござります。先生さま・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 湯は竈屋の庇の下で背戸の出口に据えてある。あたりまっ暗ではあれど、勝手知ってる家だから、足さぐりに行っても子細はない。風呂の前の方へきたら釜の火がとろとろと燃えていてようやく背戸の入り口もわかった。戸が細目にあいてるから、省作は御免下・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・しまったと後悔したのは、出口の障子をつい烈しくしめたことだ。 きょうは早く行って、あの男またはその他の人に呼ばれないうちに、吉弥めをあげ、一つ精一杯なじってやろうと決心して、井筒屋へ行った。湯から帰ってすぐのことであった。「叔母さん・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・総じて複雑した脚色は当の作者自身といえども往々混錯して往々迷路に彷徨するは、あたかも自分の作ったラビリンスに入って出口を忘れるようなものだ。一度死んだ人間を無理に蘇生らしたり、マダ生きてるはずの人間がイツの間にかドコかへ消えてしまったり、一・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、一切の前提を破壊してしまったならドコまで行っても思索は極まりなく、結局は出口のない八幡知らずへ踏込んだと同じく、一つ処をドウドウ廻りするより外はなくなる。それでは阿波の鳴門の渦に巻込まれて底へ底へと沈むようなもんで、頭の疲れや苦痛に堪え・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
出典:青空文庫