小は大道易者から大はイエスキリストに到るまで予言者の数はまことに多いが、稀代の予言狂乃至予言魔といえば、そうざらにいるわけではない。まず日本でいえば大本教の出口王仁三郎などは、少数の予言狂、予言魔のうちの一人であろう。 まこと・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・駅の東出口の前で焚火をしているので、せめてそれに当りながら夜を明かそうと寄って行くと、無料ではあたらせない、一時間五円、朝までなら十五円だという。冗談に言っているかと思って、金を出さずにいると、こっちはこれが商売なんだ、無料で当らせては明日・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その巌丈な石の壁は豪雨のたびごとに汎濫する溪の水を支えとめるためで、その壁に刳り抜かれた溪ぎわへの一つの出口がまた牢門そっくりなのであった。昼間その温泉に涵りながら「牢門」のそとを眺めていると、明るい日光の下で白く白く高まっている瀬のたぎり・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・それに町の出口入り口なれば村の者にも町の者にも、旅の者にも一休息腰を下ろすに下ろしよく、ちょっと一ぷくが一杯となり、章魚の足を肴に一本倒せばそのまま横になりたく、置座の半分遠慮しながら窮屈そうに寝ころんで前後正体なき、ありうちの事ぞかし。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・腹の大きい牝豚は仲間の呻きに鼻を動かしながら起き上って、出口までやって来た。柵を開けてやると、彼女は大きな腹を地上に引きずりながら低く呻いてのろのろ外へ出た。 裏の崖の上から丘の谷間の様子を見ていた留吉が、「おい、皆目、追い出す者は・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・角だたず滑らかにして、すべて物の自然溶け去りし後の如くなれば、人の造りしものともおもわれず、七宝所成にして金胎両部の蓮華蔵海なりなどいう法師らが説はさておき、まことにおのずから成れる奇窟なるべく、東の出口と西の入口と相隔たること窟の外にても・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・が降っていた。出口にちょっと立ち止まって、手袋をはきながら、龍介は自分が火の気のない二階で「つくねん」と本を読むことをフト思った。彼はまるで、一つの端から他の端へ一直線に線を引くように、自家へ帰ることがばかばかしくなった。彼は歩きだしながら・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・とですぐ行李をこちらへ運ばせますから」と、藤さんは張合がなさそうに立って行く。「あ、この花は?」「え?」と出口で振り向いて、「それはあなたにおあげ申したのですわ」 藤さんが行ってしまったあとは何やら物足りないようである。たん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・それでかれは、岩穴の出口のところに大きい頭を置いておきまして、深くものを思うておりますると、ヤマメがちょいとその岩の下に寄って来る、と突如ぱくりと大きな口をあけてそれを食べる、遠くまで追いかけて行くという事はからだが重くてとても出来ない、そ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・N君がこれからもう一つの議場へ行こうというのを振り切って出口へ出た。N君が帽子と外套を取って来てくれる間を出口でうろうろして、寒い空気に逆上した頭を冷やしていた。 このようにして、私の議会訪問は意外の失敗に終ってしまった。これはしかし、・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
出典:青空文庫