・・・がおそらくある出来事の「確率」と結び付けられるものであろうと云っている。これに対するアインシュタインの考えは不幸にしていまだ知る機会を得ない。ただ彼が昨年の五月ライデンの大学で述べた講演の終りの方に、「素量説として纏められた事実があるいは『・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・犬の身に起った不幸な出来事は薄弱な太十の心を掻き乱して畢った。彼は殺すと口には断言した。然し彼の意識しない愛惜と不安とが対手に愁訴するように其声を顫わせた。殺すなといえばすぐ心が落ち付いて唯其犬が不便になったのである。然し対手は太十の心には・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・天下に夜中棺桶を担うほど、当然の出来事はあるまいと、思い切った調子でコツコツ担いで行く。闇に消える棺桶をしばらくは物珍らし気に見送って振り返った時、また行手から人声が聞え出した。高い声でもない、低い声でもない、夜が更けているので存外反響が烈・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・たとえば、人間の一人々々が、誰にも云わず、書かずに、どの位多くの秘密な奇怪な出来事を、胸に抱いたまま、或は忘れたまま、今までにどの位死んだことだろう。現に私だって今ここに書こうとすることよりも百倍も不思議な、あり得べからざる「事」に数多く出・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ある偶然の出来事から、わたくしはそれを発見いたしました。夫はある日机の抽斗に鍵を掛けることを忘れたのでございます。リイユやブリュクセルやパリイに、夫は昔馴染を持っていて、わたくしと一しょになってからも、始終その関係を断たずにいたのでございま・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・そして新聞で、あのときの出来事は、肥料の入れようをまちがって教えた農業技師が、オリザの倒れたのをみんな火山局のせいにして、ごまかしていたためだということを読んで、大きな声で一人で笑いました。 その次の日の午後、病院の小使がはいって来て、・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 世の中の出来事のすべてに対して左様です。 私の心の驚いたり感じさせられたりする事は、善悪の区別もなく、美醜の見境えもないので、私の毎日は何と云う動かされどうしな事でしょう。 或る時は身の置き所のない程自分が小さく見すぼらしいも・・・ 宮本百合子 「動かされないと云う事」
・・・ これは長々とは書いたが、実際二三分間の出来事である。朝日を一本飲む間の出来事である。 朝日の吸殻を、灰皿に代用している石決明貝に棄てると同時に、木村は何やら思い附いたという風で、独笑をして、側の机に十冊ばかり積み上げてある man・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ お霜は小鉢を台所へ置くと、さて何をして好いものかと迷ったが、別に大事な出来事が起ったのでもなく、ただ自分ひとりが勝手に狼狽えているのだと気が附いた。が、その狼狽えたどこかには、常より却って晴やかな気持が流れていたことには彼女とても気附・・・ 横光利一 「南北」
・・・それは何でもない小さい出来事ですが、しかし私の心を打ち砕くには十分でした。 私は妻と子と三人で食卓を囲んでいました。私の心には前の続きでなおさまざまの姿や考えが流れていました。で、自分では気がつきませんでしたが、私はいつも考えにふける時・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫