・・・ 五分間も経った頃、六七名の兵士たちは、銃をかついで、茫漠たる曠野を沼地にむかって進んでいた。豚肉の匂いの想像は、もう、彼等の食慾を刺戟していた。それ程、彼等は慾望の満されぬ生活をつゞけているのだ。 沼地から少しばかり距った、枯れ草・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・自家でもって十分苦しんで読んで、字が分らなければ字引を引き、意味が取れなければ再思三考するというように勉強した揚句に、いよいよ分らないというところだけを先生の前に持出して聞くのですから、一人が先生の何分間をも費すのでは有りません。よくよく勉・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・デイモンは、もう二、三分間もたてば冷たい死骸になってしまうのです。しかし彼は、その間際になっても、ピシアスは決してうそをついたのではない、ただ、やむをえない事情でおくれたのだと信じていました。 すると、そこへ、ピシアスがひょいとかえって・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・と、一分間もたたないうちに、巡査は、犬を一ぴきつかまえて引きずッて来ました。犬はきゃんきゃんなきなきていこうしましたが、くびに綱を引っかけられて、ぐんぐん引っぱられるのですからかないません。馬車使は、すばやく鉄ごうしの戸をあけました。犬はた・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・私たちの雑誌の性質上、サロンの出いりも繁く、席上、太宰さんの噂など出ますけれど、そのような時には、春田、夏田になってしまって熱狂の身ぶりよろしく、筆にするに忍びぬ下劣の形容詞を一分間二十発くらいの割合いで猛射撃。可成りの変質者なのです。以後・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・顔を伏せたままの、そのときの十分間で、彼は十年も年老いた。 この心なき忠告は、いったいどんな男がして呉れたものか、彼にもいまもって判らぬのだが、彼はこの屈辱をくさびとして、さまざまの不幸に遭遇しはじめた。ほかの新聞社もやっぱり「鶴」をほ・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・おれはそれを提げて、来合せた電車に乗って、二分間ほどすると下りた。「旦那。お忘れ物が。」車掌があとからこう云った。 おれは聞えない振りをして、ずんずん歩いた。そうすると大騒ぎになった。電車に乗っていた連中が総立ちになる。二人はおれを・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・生時代に夜更けて天文の観測をやらされた時など、暦表を繰って手頃な星を選み出し、望遠鏡の度盛を合わせておいて、クロノメーターの刻音を数えながら目的の星が視野に這入って来るのを待っている、その際どい一、二分間を盗んで吸付ける一服は、ことに凍るよ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・云うまでもなく、朝顔を見たことのないエスキモー土人に朝顔を説明するに百万言を費やすよりも写真か映画で一分間を費やした方が早分りである。一と口に云えば映画は観客の眼の代理者でありまたその案内者なのである。観客が到底行かれぬ場所へ観客の眼を連れ・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・ビイル一杯が長くて十五分間、その店のお客たる資格を作るものとすれば、一時間に対して飲めない口にもなお四杯の満を引かねばならない。然らずば何となく気が急いて、出て行けがしにされるような僻みが起って、どうしても長く腰を落ち付けている事が出来ない・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫