・・・の門前を過ぎて千束稲荷の方へ抜け、また真直に西の方へ行けば、三島神社の石垣について阪本通へ出るので、毎夜吉原通いの人力車がこの道を引きもきらず、提灯を振りながら走り過るのを、『たけくらべ』の作者は「十分間に七十五輌」と数えたのであった。・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・この意識の一部分、時に積れば一分間ぐらいのところを絶間なく動いている大きな意識から切り取って調べてみるとやはり動いている。その動き方は別に私が発明した訳でも何でもない、ただ西洋の学者が書物に書いた通りをもっともと思うから紹介するだけでありま・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・だが、私は「たった五分間」彼女の見舞に行くのはいいだろうと考えた。何故だかも一度私は彼女に会い度かった。 私は階段を昇った。蛞蝓は附いて来た。 私は扉を押した。なるほど今度は訳なく開いた。一足室の中に踏み込むと、同時に、悪臭と、暑い・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ どうぞあなたの貴重な時間の十五分間をわたくしに御割愛なさって下さいまし。ちょうど夫は取引用で旅行いたしまして、五六日たたなくては帰りません。明晩までに、差出人なしに「承知」と云う電信をお発し下さいましたら、わたくしはすぐにパリイへ立つ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・この梅干船(この船は賄が悪いのでこの仇名が我最期の場所かと思うと恐しく悲しくなって一分間も心の静まるという事はない。しかし郵便を出してくれると聞いて、自分も起き直って、ようよう硯など取り出し、東京へやる電報を手紙の中へ封じてある人に頼んでや・・・ 正岡子規 「病」
・・・十分間だけお待ちなさい。十分間ですぜ」と言って狐はまるで風のように走って行きました。 ホモイはそこで高く叫びました。 「むぐら、むぐら、むぐらもち。もうお前は許してあげるよ。泣かなくてもいいよ」 土の中はしんとしておりました。・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・機械の統制ある活動の美しさ、歓び、音響、一分間に何本の木材を切断するかという速力についても書かれている。しかし、これだけなら構成派の作家がもと盛に書いたよ。グングン働く機械を見て『アア神よ! 我々近代人を陶酔させる力はこれだ!』という工合に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ これは長々とは書いたが、実際二三分間の出来事である。朝日を一本飲む間の出来事である。 朝日の吸殻を、灰皿に代用している石決明貝に棄てると同時に、木村は何やら思い附いたという風で、独笑をして、側の机に十冊ばかり積み上げてある man・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・あなたが馬車を雇いに駆け出しておいでになったあとに、わたくしは二分間ひとりでいました。あなたはわたくしに考える余裕をお与えなさいましたのですわ。その間にわたくしが後悔しておことわりをせずに、我慢していましたのは、よっぽどあなたに迷っていた証・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・光線をあてて、僕は時計をじっと計っていたら、四分間だった。たちまちでしたよ。」 あたりには誰もいなかった。暗中匕首を探ぐってぐっと横腹を突くように、栖方は腰のズボンの時計を素早く計る手つきを示して梶に云った。「しかし、それなら発表す・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫