・・・ 父方の祖母、母方の祖母が、わたしの幼い時代に徳川時代から明治初年への物語を色こく刻みこませた人々であった。いまわたしたちが封建社会の崩壊期として理解している幕末と、中途半端な開化期として理解している明治初年についてのさまざまの物語りを・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ 近代文学胎生期としての明治初年の文学に交流していた上述の二様の流れは、逍遙の英文学研究の業績、二葉亭四迷の当時にあっては驚くべき心理小説の後をうけて硯友社の活動の裡にも謂わば併流している。前代からの遺産としての戯作者文学の伝統は、今日・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ ずっとそういう心持が流れていたところこの間或る機会に、明治初年の年表を見ていたらその中に『明六雑誌』というものがあり、福沢諭吉、西周、加藤弘之、津田真道等という顔ぶれに交って祖父の名が出ていた。『明六雑誌』というものは明治七年三月に第・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・全体的に見て、今日の新聞そのものの性質が、明治初年の天下の公器としての自由性を失われているのであるから、現象的にニュースの断片を注ぎ込まれ、物価騰貴とその末葉のやりくりを知らされても、事象の本源までは新聞では迚も分らなくなって来ている。・・・ 宮本百合子 「女性の教養と新聞」
・・・明治初年から興隆期にかけてのごく短い期間は、日本のインテリゲンツィアも知的進歩性は摩擦少なく興隆する支配力と共にあり得たのであったが、現在では、真実の知性は社会的矛盾を観破し、帰趨を明らかにするが故に、知識人に対しても民衆に対しても、許可す・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・ 明治の初年、この村が始めて開墾されてから、変った生活を求めて諸国から集ったあまり富んでいない幾組かの家族は、あまり良いめぐり合わせにも会わないで、今に至って居るのである。 米沢人はその中での勢力のある部に属して居る。日常の事はさほ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・明治の初年、巖本善治氏の『女学雑誌』がでていた時分は、特別に婦人の読者というかたまった存在はなかった。その時代の女性教育の目やすは溌剌とした希望をたたえてひろく高く、たとえば語学の勉強にしろ他の勉強にしろ解放されている部分では、男と女との程・・・ 宮本百合子 「婦人の読書」
・・・かの文芸思潮がそれぞれの作用をのこして過ぎたが、真に当時の社会的欲求と全面的に結びつき、それを反映しつつ民衆の生活感情にまで浸透して指導的な役割を果したブルジョア文学の時代と云えば、日本では恐らく明治初年から国会開設まで二十数年間の所謂開化・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ 文政の初年には竜池が家に、父母伊兵衛夫婦が存命していて、そこへ子婦某氏が来ていた。竜池は金兵衛以下数人の手代を諸家へ用聞に遣り、三日式日には自身も邸々を挨拶に廻った。加賀家は肥前守斉広卿の代が斉泰卿の代に改まる直前である。上杉家は弾正・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ 先生が明治初年の排仏毀釈の時代にいかに多くの傑作が焼かれあるいは二束三文に外国に売り払われたかを述べ立てた時などには、実際我々の若い血は沸き立ち、名状し難い公憤を感じたものである。が、あの煽動は決して策略的な煽動ではなかった。我々のう・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫