・・・慎太郎はまだ制服を着たまま、博士と向い合った父の隣りに、窮屈そうな膝を重ねていた。「ええ、すぐに見えるそうです。」「じゃその方が見えてからにしましょう。――どうもはっきりしない天気ですな。」 谷村博士はこう云いながら、マロック革・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・本間さんはとうとう思い切って、雨が降るのに荷拵えが出来ると、俵屋の玄関から俥を駆って、制服制帽の甲斐甲斐しい姿を、七条の停車場へ運ばせる事にした。 ところが乗って見ると、二等列車の中は身動きも出来ないほどこんでいる。ボオイが心配してくれ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・ その声と同時に室の中へは、大学の制服を着た青年が一人、背の高い姿を現した。青年は少将の前に立つと、そこにあった椅子に手をやりながら、ぶっきらぼうにこう云った。「何か御用ですか? お父さん。」「うん。まあ、そこにおかけ。」 ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・それも金釦の制服を着た保吉一人を例外に、あとはことごとく紺飛白や目くら縞の筒袖を着ているのである。 これは勿論国技館の影の境内に落ちる回向院ではない。まだ野分の朝などには鼠小僧の墓のあたりにも銀杏落葉の山の出来る二昔前の回向院である。妙・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・これのみならず玄関より外科室、外科室より二階なる病室に通うあいだの長き廊下には、フロックコート着たる紳士、制服着けたる武官、あるいは羽織袴の扮装の人物、その他、貴婦人令嬢等いずれもただならず気高きが、あなたに行き違い、こなたに落ち合い、ある・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅田自由市場の煙草販売業者の一斉取締りを断行、折柄の雑沓の中で樫棒、煉瓦が入れ交つての大乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ 私は生れつき特権というものを毛嫌いしていたので、私の学校が天下の秀才の集るところだという理由で、生徒たちは土地で一番もてる人種であり、それ故生徒たちは銭湯へ行くのにも制服制帽を着用しているのを滑稽だと思ったので、制服制帽は質に入れて、・・・ 織田作之助 「髪」
・・・彼は帝大の学生だった頃、制服というものを持たなかった。中学生の時分より着ているよれよれの絣の着物で通学した。袴をはくのがきらいだったので、下宿を出る時、懐へ袴をつっ込んで行き、校門の前で出してはいたという。制帽も持たなかった。だから、誰も彼・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 夜が明けると、駅前の闇市が開くのを待って女学生の制服を着た女の子から一箱五円の煙草を買った。箱は光だったが、中身は手製の代用煙草だった。それには驚かなかったが、バラックの中で白米のカレーライスを売っているのには驚いた。日本へ帰れば白米・・・ 織田作之助 「世相」
・・・しかったと見えて、野州上州の山地や温泉地に一日二日あるいは三日五日と、それこそ白雲の風に漂い、秋葉の空に飄るが如くに、ぶらりぶらりとした身の中に、もだもだする心を抱きながら、毛繻子の大洋傘に色の褪せた制服、丈夫一点張りのボックスの靴という扮・・・ 幸田露伴 「観画談」
出典:青空文庫