・・・そしてそれは一郎の我儘というよりは、美的にも智的にも倫理的にも彼が到達しているところまで来ていない社会に対する嫌厭として、彼の身魂を削り、はたの者の常識に不安を与える結果となっている。漱石はこの小説で自己というものを苛酷な三面鏡のうちに照り・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・ここで藤村は雄渾な自然「削りて高き巖角にしばし身をよす二羽の鷲」の、若鷲の誇高き飛翔を描き「日影にうつる雲さして行へもしれず飛ぶやかなたへ」という和歌の措辞法を巧に転化させた結びで技巧の老巧さをも示しているのであるが、「春やいづこ」にしろ、・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・ 直したという以上にたくさんのところを削り、まことに御迷惑をかけました。 辞典類をかきなれないものですから、よみかえしてみると、これ一つで一つの文学史になってしまっているので、大いにカンナをかけ縮少いたしました。大体百二十行以上けず・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・陸を行けば、じき隣の越中の国に入る界にさえ、親不知子不知の難所がある。削り立てたような巌石の裾には荒浪が打ち寄せる。旅人は横穴にはいって、波の引くのを待っていて、狭い巌石の下の道を走り抜ける。そのときは親は子を顧みることが出来ず、子も親を顧・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・牛の牢という名は、めぐりの石壁削りたるようにて、昇降いと難ければなり。ここに来るには、横に道を取りて、杉林を穿ち、迂廻して下ることなり。これより鳳山亭の登りみち、泉ある処に近き荼毘所の迹を見る。石を二行に積みて、其間の土を掘りて竈とし、その・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫