・・・ 豚は、必死に前肢を柵にかけ、健二をめがけて、とびつくようにがつ/\して何か食物を求めた。小屋のわめきは二三丁さきの村にまで溢れて行って、人々の耳を打った。…… それから一週間ほど、それ等の汚れた豚は昼夜わめきつづけていたが、ついに・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ところが象が威勢よく、前肢二つつきだして、小屋にあがって来ようとする。百姓どもはぎくっとし、オツベルもすこしぎょっとして、大きな琥珀のパイプから、ふっとけむりをはきだした。それでもやっぱりしらないふうで、ゆっくりそこらをあるいていた。 ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・あいつはふざけたやつだねえ、氷のはじに立ってとぼけた顔をしてじっと海の水を見ているかと思うと俄かに前肢で頭をかかえるようにしてね、ざぶんと水の中へ飛び込むんだ。するとからだ中の毛がみんなまるで銀の針のように見えるよ。あっぷあっぷ溺れるまねを・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 鹿のめぐりはだんだんゆるやかになり、みんなは交る交る、前肢を一本環の中の方へ出して、今にもかけ出して行きそうにしては、びっくりしたようにまた引っ込めて、とっとっとっとっしずかに走るのでした。その足音は気もちよく野原の黒土の底の方までひ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・豚はぴたっと耳を伏せ、眼を半分だけ閉じて、前肢をきくっと曲げながらその勘定をやったのだ。 20×1000×30=600000 実に六十万円だ。六十万円といったならそのころのフランドンあたりでは、まあ第一流の紳士なのだ。いまだってそうかも・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・斑猫はそのコップをよけ、前肢をそろえ髭をあおむけ、そっと葉っぱを引っぱっては食っている。ふさふさした葉が揺れるだけだ。音もしない。日本女はもう二時間そうやって寝ている。 猫はとうとうテーブルへとびあがった。これは日本女を不安にした。鉢植・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
出典:青空文庫