・・・夕方から雨がふったのと、人数も割に少かったのとで、思ったよりや感じがよかった。その上二階にも一組宴会があるらしかったが、これも幸いと土地がらに似ず騒がない。所が君、お酌人の中に―― 君も知っているだろう。僕らが昔よく飲みに行ったUの女中・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・わたしは彼の言葉の中にはっきり軽蔑に近いものを感じ、わたし自身に腹を立てながら、そうそうこの店を後ろにした。しかしそれはまだ善かった。わたしは割にしもた家の多い東片町の往来を歩いているうちにふといつか夢の中にこんなことに出合ったのを思い出し・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・そして私もまた、そこの蜜豆が好きで、というといかにもだらしがないが、とにかくその蜜豆は一風変っていて氷のかいたのをのせ、その上から車の心棒の油みたいな色をした、しかし割に甘さのしつこくない蜜をかぶせて仲々味が良いので、しばしば出掛け、なんや・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・「――あのスター、写真で見るとスマートだけど、実物は割にチビで色が黒いし、絶倫よ」 その言葉はさすがに皆まで聴かず、私はいきなり静子の胸を突き飛ばしたが、すぐまた半泣きの昂奮した顔で抱き緊め、そして厠に立った時、私はひきつったような・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ しかし、敏捷に、割に小さい、土のついた両手を拡げると、彼の頸×××××いた。「タエ!」 彼は、たゞ一言云ったゞけだ。つる/\した、卵のぬき身のような肌を、井村は自分の皮膚に感じた。 それから、彼等は、たび/\別々な道から六・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・仕方がないから割に高いけれども、腹の中に目的があるので、先方のいい値で買って、わが家へ帰ると直にこの話をした、勿論親父に悦ばれるつもりであった。すると親父は悦ぶどころか大怒りで、「たわけづらめ、慾に気が急いて、鐙の左右にも心を附けずに買いお・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・るしい小さい家を借りまして、一度の遊興費が、せいぜい一円か二円の客を相手の、心細い飲食店を開業いたしまして、それでもまあ夫婦がぜいたくもせず、地道に働いて来たつもりで、そのおかげか焼酎やらジンやらを、割にどっさり仕入れて置く事が出来まして、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・けれども金銭には割にけちであった。ふだん友人の煙草ばかりをふかし、散髪をせず、辛抱して五円の金がたまれば、ひとりでこっそりまちへ出てそれを一銭のこさず使った。一夜に、五円以上の金も使えなかったし、五円以下の金も使えなかった。しかも私はその五・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ にがり切って言った。「きょうはね、ちょっと重いものを背負ったから、少し疲れて、いままで昼寝をしていたの。ああ、そう、いいものがある。お部屋へあがったらどう? 割に安いのよ。」 どうやら商売の話らしい。もうけ口なら、部屋の汚なさなど・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ それでも、五所川原の先生が、少し酔ってはしゃいでくれたので、座敷は割に陽気だった。私は腕をのばして、長兄にも次兄にもお酌をした。私が兄たちに許されているのか、いないのか、もうそんな事は考えまいと思った。私は一生ゆるされる筈はないのだし・・・ 太宰治 「故郷」
出典:青空文庫