・・・薪を割る。飯を炊く。拭き掃除をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬箱を背負って伴をする。――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝な奉公人は、日本中探してもありますまい。 が、とうとう二十年たつと、権助はま・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ 笛は、胡桃を割る駒鳥の声のごとく、山野に響く。 汽車は猶予わず出た。 一人発奮をくって、のめりかかったので、雪頽を打ったが、それも、赤ら顔の手も交って、三四人大革鞄に取かかった。「これは貴方のですか。」 で、その答も待・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ と乗客は割るるがごとくに響動きぬ。 観音丸は直江津に安着せるなり。乗客は狂喜の声を揚げて、甲板の上に躍れり。拍手は夥しく、観音丸万歳! 船長万歳! 乗合万歳! 八人の船子を備えたる艀は直ちに漕寄せたり。乗客は前後を争いて飛移れり。・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・そして、腹を割ると、真っ赤な、桃のつぼみが出たと思いました。「どこで、桃のつぼみを、のんだのだろう。」といって、娘は、つまみ上げてから、「まあ!」と、目をみはったまま、ふるえ出したのでした。それは、永久になくしてしまったと思っていた、お・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・ その剣は、豚を突殺すのに使ったり、素裸体に羽毛をむしり取った鵞鳥の胸をたち割るのに使って錆させたのだ。血に染った剣はふいても、ふいてもすぐ錆が来た。それを彼等は、土でこすって研ぐのだった。 栗本は剣身の歪んだ剣を持っていた。彼は銃・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・教養人は、スプーンで、林檎を割る。それにはなにも意味がないのだ。比喩でもないのだ。ある武士的な文豪は、台所の庖丁でスパリと林檎を割って、そうして、得意のようである。はなはだしきは、鉈でもって林檎を一刀両断、これを見よ、亀井などという仁は感涙・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
・・・ エマーソンとラスキンの言葉を加えて二で割って、もう一遍これを現在のある過激な思想で割るとどうなるだろう。これは割り切れないかもしれない。もし割り切れたら、その答はどうなるだろう。あらゆる思想上の偉人は結局最も意気地のない人間であったと・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・いくらか似た音を求めれば、製材所の丸鋸で材木を引き割るあの音ぐらいなものであろう。先年小田原の浜べで大波の日にヘルムホルツの共鳴器を耳に当て波音の分析を試みたことがあったが、かなりピッチの高い共鳴器で聞くとチリチリチリといったように一秒間に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・この音からつるはしのようなもので薪を割る男が呼び出される。軒下に眠るルンペンのいびきの音が伴奏を始める。家の裏戸が明いて早起きのおかみさんが掃除を始める、その箒の音がこれに和する。この三つの音が次第に調子を早める。高角度に写された煙突から朝・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・それで、用心のいい人は毒瓦斯に充ちた工場で平気で働き、不用心な人は大地で躓いてすべって頭を割るのであろう。 三 「心境の変化」という言葉が近頃一時流行った。「気が変った」というのと大した変りはないが新しい言葉・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
出典:青空文庫