・・・の字のお上の話によれば、元来この町の達磨茶屋の女は年々夷講の晩になると、客をとらずに内輪ばかりで三味線を弾いたり踊ったりする、その割り前の算段さえ一時はお松には苦しかったそうです。しかし半之丞もお松にはよほど夢中になっていたのでしょう。何し・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・もともと酒場遊びなぞする男ではなかったのだが、ある夜同僚に無理矢理誘われて行き、割前勘定になるかも知れないとひやひやしながら、おずおずと黒ビールを飲んでいる寺田の横に坐った時、一代は気が詰りそうになった。ところが、翌る日から寺田は毎夜一代を・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・兵衛はこの俊雄今宵が色酒の浸初め鳳雛麟児は母の胎内を出でし日の仮り名にとどめてあわれ評判の秀才もこれよりぞ無茶となりける 試みに馬から落ちて落馬したの口調にならわば二つ寝て二ツ起きた二日の後俊雄は割前の金届けんと同伴の方へ出向きたるにこ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・リージンは自分から誘って坐席の割前を助かろうとした手前、ではあっちへ二人でとは云いかね、「そんなことは出来ない、女じゃないか」とこれも小声に力をこめて云い諍っている。 到頭詩人夫妻が小型に納まり、こちらは四人で動き出した。 チフリス・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・それと共に、彼女が、出来る丈、人並より僅少に思われる幸福の割前を逃すまいとするのも、嘲笑するどころのことではありません。 ここで、考えは、いや応なく、又、それならばどうしたらよいか、と云う基点まで逆戻りをしなければ成らなく成って仕舞った・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫