・・・そうしてその恐ろしさは単に落雷が危険であるからという功利的な理由からよりも、むしろ超自然的な威力が空一面に暴れ廻っているように感じられるためであった。中学校、高等学校で電気の学問を教わっても、この子供の頭に滲み込んだ恐ろしさはそう容易くは抜・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ 人間ばかりかと思うと、猫などが喜んで紙を丸めたボールをころがすのが、なんら直接功利的な目的があってするとは思われないから、やはりスポーツの一種らしく思われる。尤もこれは結果から見ると鼠を捕えたりするときに必要な運動の敏活さを修練するに・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ 昔はとにかく今日では我邦ですらも科学というものの功利的価値は、理解されたというよりむしろ無理解に世間で唱道されている。その当然の結果として科学者はそういう意味で尊重されている。従って科学者は自分の研究以外の事で常に忙しい想いをするよう・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ただ不思議に思われるのは、今でもあの単に道徳上の功利的価値だけを目標とした歴史画や、最もバナールな〔banal 陳腐な〕題材を最もバナールな技巧で表現したというだけの無遠慮に大きな田園風俗画などや、一昔前の臨画帖から取り出したような水・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・しかしそういう美徳の問題などはしばらくおいて、単に功利的ないし利己的の立場から考えても、少なくも電車の場合では、満員車は人に譲って、一歩おくれてすいた車に乗るほうが、自分のためのみならず人のためにも便利であり「能率」のいい所行であるように思・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・しかしそれらの連想はおそらく多くは現実的功利的のものであろう。またもしそれが夢幻的空想的であるとしても、日本人のそれのように濃厚に圧縮されたそうして全国民に共通で固有な民族的記憶でいろどられたものではおそらくあり得ないであろうと思われる。・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 他の人間精神の所産物と比較して広義の芸術的科学的ないし功利的の価値を考えてみたときに、特に漫画を低級なものと考えるべき必然な根拠を見出す事は困難である。劣悪な美術と優秀な漫画を比較してみた時には困難を感じさせられる。その感じはちょうど・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・そういう功利的通念は、今や、オイ、御新邸を背負って華族の娘さんが嫁に来るぜ、という例外の一例とはなるかもしれないが、この結合を、社会的な評価で新しい内容をもつものであるといい得ないことは自明である。 われわれ個人の恋愛や結婚の幸福を、か・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・矛盾の多い社会の現象の間では、軽蔑に価する態度が、功利的な価値を現してゆくことも幾多ある。そんなこといったって、あの人はあれで名声も金もえているという場合もあるが、現代の若い女のひとは、人生の評価をそこで終りにしてしまわないだけには人間とし・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・三斎公の言葉として、作者鴎外は、「総て功利の念を以て物を視候わば、此の世に尊き物はなくなるべし」と云っている。乃木夫妻の死という行為に対して、初めは半信半疑であった作者が、世論の様々を耳にして、一つの情熱を身内に感じるようになって彌五右衛門・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫