・・・緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も――わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう? 武器 正義は武器に似たものである。武器は金を出しさえすれば、敵にも味方・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「私は勲章に埋った人間を見ると、あれだけの勲章を手に入れるには、どのくらい××な事ばかりしたか、それが気になって仕方がない。……」 ――ふと気がつけば彼の馬は、ずっと将軍に遅れていた。中佐は軽い身震をすると、すぐに馬を急がせ出した。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・看護婦その者にして、胸に勲章帯びたるも見受けたるが、あるやんごとなきあたりより特に下したまえるもありぞと思わる。他に女性とてはあらざりし。なにがし公と、なにがし侯と、なにがし伯と、みな立ち会いの親族なり。しかして一種形容すべからざる面色にて・・・ 泉鏡花 「外科室」
一 島田沼南は大政治家として葬られた。清廉潔白百年稀に見る君子人として世を挙げて哀悼された。棺を蓋うて定まる批評は燦爛たる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。 沼南には最近十四、五年間会っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・奴等は、勲章を貰うために、どこまでも俺等をこき使って殺してしまうんだ! おい、やめよう、やめよう。引き上げよう!」 吉原は喧嘩をするように激していた。 彼等は、戦争には、あきてしまっていた。早く兵営へ帰って、暖い部屋で休みたかった。・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・その人の脳裡に在るのは、夏目漱石、森鴎外、尾崎紅葉、徳富蘆花、それから、先日文化勲章をもらった幸田露伴。それら文豪以外のひとは問題でないのである。それは、しかし、当然なことなのである。文豪以外は、問題にせぬというその人の態度は、全く正しいの・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・たしか、父の勲章祝いのときであった。芸者が五人、やって来た。婆さんが一人、ねえさんが二人、半玉さんが二人である。半玉の一人は、藤娘を踊った。すこし酒を呑まされたか、眼もとが赤かった。私は、その人を美しいと思った。踊って、すらと形のきまる度毎・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・われないのは汝等がわが言に従わないからだとうそぶき、そうして一人のおいらんに、振られて振られて振られとおして、やけになって公娼廃止を叫び、憤然として美男の同志を殴り、あばれて、うるさがられて、たまたま勲章をもらい、沖天の意気を以てわが家に駈・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・はもうこんな田舎の貧乏な家ですけれども、それでも、よそさまから、うしろ指一本さされた事も無く、先祖代々この村のために尽して、殊にも、わたくしの連れ合いは、御承知のように、この津軽地方の模範教員として、勲章までいただいて居りますし、それに、わ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・このごろは、めっきり又、家族の御機嫌を伺うようになった。勲章を発明した。メキシコの銀貨に穴をあけて赤い絹紐を通し、家族に於いて、その一週間もっとも功労のあったものに、之を贈呈するという案である。誰も、あまり欲しがらなかった。その勲章をもらっ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫