・・・自己自身によって動くもの、即ち自ら働くものは、自己自身の中に絶対の自己否定を包むものでなければならない。然らざれば、それは真に自己自身によって働くものではない。何らかの意味において基底的なるものが考えられるかぎり、それは自ら働くものではない・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。 そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風にまじって地球ぜんたいを包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度ぐらい暖かくするだろうと思う。」「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」「そ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・の窓のように若々しく汗をかいた硝子戸の此方にはほのかに満開の薫香をちらすナーシサス耳ざわりな人声は途絶えきおい高まったわが心とたくましい大自然の息ぶきばかりが丸き我肉体の内外を包むのだ。ああ よき暴風雨穢・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・父と私との実に充実した情愛を包む各瞬間をして益光彩あり透明不壊であるように生きましょう。私は父との永訣によって心に与えられた悲しみを貫く歓喜の響の複雑さ、美しさに就て、文字で書きつくされないものを感じて居ります。其は音楽です。パセティークな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・山並の彼方から、憤りのようにムラムラと湧いた雲が、性急な馳足で鈍重な湖面を圧包むと、もう私共は真個に暗紅の火花を散らす稲妻を眺めながら、逆落しの大雨を痛い程体中に浴びなければなりません。其の驟雨は、いつも彼方にのっしりと居坐ったプロスペクト・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・今まではしばらく堪えていたが、もはや包むに包みきれずたちまちそこへ泣き臥して、平太がいう物語を聞き入れる体もない。いかにも昨夜忍藻に教訓していたところなどはあっぱれ豪気なように見えたが、これとてその身は木でもなければ石でもない。今朝忍藻がい・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・そうして手ざわりのいい諧謔をもって柔らかくその問題を包む。これらの所に先生の温情と厭世観との結合した現われがあったようである。 右のような先生の傾向のために、諧謔は先生の感情表現の方法として欠くべからざるものであった。先生の諧謔には常に・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・あの衣裳は胴体を包む衣裳ではなくしてただ衣裳のみなのであるが、それが人形使い的形成によって実に活き活きとした肢体となって活動する。女の人形には足はないが、ただ着物の裾の動かし方一つで坐りもすれば歩きもする。このように人形使いは、ただ着物だけ・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
・・・光明なる表面は暗黒なる罪悪を包む。闇の中には爆裂弾をくれてやりたい金持ちや馬糞を食わしてやりたい学者が住んでいる。万事はただ物質に執着する現象である。執着の反面には超越がある。酒に執着するものは饅頭を超越し、肉体に執着するものは心霊を超越す・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫