・・・ モウパッサンが普仏戦争を題材にした一篇の読みだしは、「巴里は包囲されて飢えつつ悶えている。屋根の上に雀も少くなり、下水の埃も少くなった。」と言うのではなかったか。 雪の時は――見馴れぬ花の、それとは違って、天地を包む雪であるから、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 重役の二三人は新聞記者に包囲されていた。自分に特に面会を求めたのも新聞記者であって、或人は損害の程度を訊いた。或人は保険の額を訊いた。或人は営業開始の時期を訊いた。或人は焼けた書籍の中の特記すべきものを訊いた。或人は丸善の火災が文明に・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・ら持ち伝えた山を拓いて新らしい果樹園を造ろうとしたようなもので、その策は必ずしも無謀浅慮ではなかったが、ただ短兵急に功を急いで一時に根こそぎ老木を伐採したために不測の洪水を汎濫し、八方からの非難攻撃に包囲されて竟にアタラ九仭の功を一簣に欠く・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 村に攻めこんだ歩兵は、引き上げると、今度は村を包囲することを命じられた。逃げだすパルチザンを捕まえるためだ。 カーキ色の軍服がいなくなった村は、火焔と煙に包まれつつ、その上から、機関銃を雨のようにばらまかれた。 尻尾を焼かれた・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・弟が旅順口包囲軍に加わって戦争に出たのを歎いて歌ったものである。同氏のほかの短歌や詩は、恋だとか、何だとかをヒネくって、技巧を弄し、吾々は一体虫が好かんものである。吾々には、ひとつもふれてきない。が、「君死にたまふことなかれ」という詩だけは・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・上海包囲全く成る。敵軍潰乱全線に総退却。 Kは号外をちらと見て、「あなたは?」「丙種。」「私は甲種なのね。」Kは、びっくりする程、大きい声で、笑い出した。「私は、山を見ていたのじゃなくってよ。ほら、この、眼のまえの雨だれの形・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・なんとも知れぬ人物が、ぞろぞろ目前にあらわれて、私に笑いかけ、話しかけ、私はそのお化けたちに包囲され、なんと挨拶の仕様もなく、ただうろうろしている図は、想像してさえ不愉快である。仕事も何も、あったものじゃない。いい加減に私を掻きまわして、い・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ たちまち、そのおかみさんは乗客たちに包囲され、何かひそひそ囁やかれています。「だめだよ。」とおかみさんは強気のひとらしく、甲高い声で拒否し、「売り物じゃないんだ。とおしてくれよ、歩かれないじゃないか!」人波をかきわけて、まっすぐに私の・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・その包囲の真中から何かしら合唱の声が聞こえる。かつて聞いた事のない唱歌のような読経のような、ゆるやかな旋律が聞こえているが何をしているか外からは見えない。一段高い台の上で映画撮影をやっているのが見える。そこを通り抜けて停車場の方へと裏町を歩・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・というのは、昔からの国の習俗で、この日の神聖な早乙女に近よってからかったりする者は彼女達の包囲を受けて頭から着物から泥を塗られ浴びせられても決して苦情はいわれないことになっていたのである。 そういう恐ろしい刑罰の危険を冒して彼女らを「テ・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
出典:青空文庫