・・・もいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられた時には、その時だけは、流石に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸に繃帯を巻いて、やたらに咳をしながら、お医・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・精神の胃が悪くて盛んに吐きけのある患者に無理に豚カツを食わせてみたり、精神の骨がくだけて痛がっているのに無体に体操をさせてみたり、そうかと思うとどこも悪くない人間にギプス包帯をして無理に病院のベッドの上に寝かせるようなことをする場合もありは・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・両眼に繃帯をしているのだから、視覚に訴えるものは慰みにはならない。 しかし例えば香の好い花などはどんなものだろうと思った。 花屋の店先に立って色様々の美しい花を見ているうちにこんな事を考えた。 これほど美しいものを視る事の出来な・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・王の血がフンドの指の間を伝い上って彼の傷へ届いたと思うと、傷は見るまに癒合して包帯しなくてもよいくらいになった。……王の遺骸はそれから後もさまざまの奇蹟を現わすのであった。 私がこのセント・オラーフの最期の顛末を読んだ日に、偶然にも長女・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・道太は東京を立つ時から繃帯をしていた腕首のところが昨日飲みすぎた酒で少し痛みだしていたので、信州で有名な接骨医からもらってきたヨヂュームに似たような薬を塗りながら、「お芳さんの旦那ってどんな人なの」「青物の問屋。なかなか堅いんですの・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 眼をむいて、女房を怒鳴りつけようとしたが、繃帯している殴られた頭部の傷が、ピリピリとひきつる。「だってさ、あんた……」 お初は、何かに追ったてられるように、「あんた、争議団では、また今朝、変な奴らが、沢山何ッかから、来たん・・・ 徳永直 「眼」
・・・「うん、裂けたよ。繃帯はもうでき上がった」「大丈夫かい。血が出やしないか」「足袋の上へ雨といっしょに煮染んでる」「痛そうだね」「なあに、痛いたって。痛いのは生きてる証拠だ」「僕は腹が痛くなった」「濡れた草の上に腹・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ なるほど、そう云って出て行く給仕を見ますと、首にまるで石の環をはめたような厚い繃帯をして、顔もだいぶはれていましたから、きっと、その毒蛾に噛まれたんだと、私は思いました。ところが、間もなく隣りの室で、給仕が客と何か云い争っているようで・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・それで手拭で片目を繃帯し、川の水をあびあびやっときりぬけて、巣鴨の方の寺に行った。 荷もつに火がつくので水をかける、そのあまりをかい出すもの、舟をこぐもの分業で命からがらにげ出したのだ。 吉田さんの話。 Miss Wells・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 大変深く切った疵も少しずつなおりかけて来ると、独りでボツボツと食べる病院の飯は不美味いと云ってはお昼頃大きな繃帯で印度人の様に頭を包(いた叔父がソロソロと帰って来る様になった。 その頃は長かった髪も頭の地の透く程短かく散斬りに・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫