・・・一定量だけ各医院に配給されるのだそうです。 今読んでいるカロッサの小説は本物で、なかなか面白く、一日置きに読んでもらうのが待遠しゅうございます。カロッサが大戦後のドイツの生活のなかから希望と精神の確乎とした人間成長の可能を見出だそうとし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・弟が、ひどく心臓をわるくし、本所の奉公先から、浅草猿若町の医院に入院して居た。それを赤羽まで書生が背負って行ってくれ、あと兄が福島から来、三日、のまず、食わずでたずねた揚句、やっと見つけて、北千住につれて行った。よく助ったものなり。さい、十・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・この小説で作者の語ろうとするテーマは、朝田医院主及びそれをとりまく一群の現代的腐敗、堕落を逆流として身にうける志摩の技術的知識人の人間的良心、能動性の発展の過程に在ることは明らかである。単なる事件、人事関係、デカダンスの錯綜追跡の探偵もの風・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 愛は都会の優れた医院から抜擢された看護婦たちの清浄な白衣の中に、五月の徴風のように流れていた。 しかし、愛はいつのときでも曲者である。この花園の中でただ無為に空と海と花とを眺めながら、傍近く寄るものが、もしも五月の微風のように爽かであ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・冷胆な医院のような白さの中でこれは又若々しい主婦が生き生きと皿の柱を蹴飛ばしそうだ。 その横は花屋である。花屋の娘は花よりも穢れていた。だが、その花の中から時々馬鹿げた小僧の顔がうっとりと現れる。その横の洋服屋では首のない人間がぶらりと・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫